名前を出せない「テクニカルイラストレーター」の私が“ぬっきぃ”として活動するまで

イラストと文 ぬっきぃ

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テクニカルイラストの例です(架空の部品です)

はじめまして! 主にテクニカルイラストを描いている、“テクニカルイラストレーター”のぬっきぃです。

「テクニカルイラストって、そもそも何なの?」という人も少なくないかもしれません。

家電や家具、車、おもちゃといった製品やサービスに付属される「取扱説明書」にあるイラストを描く人……と言えば、大体の人に伝わるのではないでしょうか。

そんな「取扱説明書」のイラストを描き続けて早いもので約10年になります。2016年からは、テクニカルイラストを生かしたWebライターもしています。

取扱説明書は製品の開発中・発売前に作られます。また、テクニカルイラストの著作権は企業に帰属する契約が基本。そのため、私の名前が出ることはありません。また、自分が描いたことも言ってはいけない職業とされています。その制約もあって、最初は本業にするつもりじゃありませんでした。そんな私と、テクニカルイラストの関わりについて振り返ってみたいと思います。

図面引くのも好きだったけど、曲線も描きたい!

そもそもテクニカルイラストレーターという仕事に出会ったのは、本当に偶然が重なった結果です。

小さい頃は「家を設計したい!」という思いがあり、特に悩むことなく地元・栃木県の工業高校に進学。その後、建設設計事務所に就職し、埼玉支店で新築一戸建てのCADオペレーター*1、設計補助、営業をしました。「家を設計する」という夢はほぼ叶ったものの、新卒1年目からいろいろとやらせてもらえたことが逆にプレッシャーとなってしまったことと、激務が重なり1年半ほどで退職をしてしまうことに。

退職をしてほどなくしたある日、母が「車のイラスト描く仕事載ってるよ。絵得意でしょ」と求人広告のチラシを持ってきました。それは、車・バイクの取扱説明書などを主に扱うマニュアル制作会社。

建築設計図面で現場にイラストで指示を出すことがあったため、「図面作成とテクニカルイラストは通ずるところがありそう。これならできるのでは?」と、ここでテクニカルイラストレーターの道へ進むこととなりました。それともう一つ、「図面引くの好きだけど曲線も描きたい!」という思いもありました。

テクニカルイラストレーター、こんなことをしています

テクニカルイラストレーターという職業は、ただイラストを描けばいいというわけではありません。自分が描く製品の使い方を把握し、イラストの最適な見せ方などを考え、テクニカルイラストのルールに当てはめてイラストを作成していきます。

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全体の流れはこんな感じ

マニュアル制作会社にいた頃は車・バイクがメインだったので、主に「以前のモデルから変化したパーツ」のテクニカルイラストを描いていました。例えば、とあるバイクのハンドル部分が変わったのなら、その部分をバラバラにして、一つ一つ確認して整理していく……という感じです。

ちなみに車・バイクは取引先から借りているものなのでバラバラにした後は元どおりに組み立てて返却します。部品が何百個とあるので、組み立て作業が一番大変かもしれません……。

今は主に雑貨など小さい商品のテクニカルイラストを描くことが多く、イラスト部分だけでなく商品全体の分解・組み立てを行っています。テクニカルイラストレーターの仕事は、製品・商品の取材(把握)が8割くらい、イラスト作成が2割くらいかなと思います。

私の仕事は必要がないもの?

マニュアル制作会社で働くまで、私自身「取扱説明書のイラストを人が描いている」という意識はありませんでした。

そしてテクニカルイラストは「著作権は企業にあるので自分が描いたと言ってはいけない」「説明に適したイラストを描くので自我を出してはいけない」という制約があります(少なくとも、私が担当していた案件についてはこの制約がありました)。

さらに、当時の同僚が「こんなの誰も読まない」「誰でも描ける」とよく愚痴っていたこともあり、いつの間にか「世間に出てはいけない職業」「誰にも見てもらえない仕事」「自分の技術は世間では役に立たないもの」と刷り込まれていってしまい、徐々にこの仕事に対してネガティブな気持ちを持つようになってしまいました。

今思えば、こんなネガティブなことは一つも当てはまってはいません。誤った記載によって命を落とす危険性があるものを扱う仕事なのに、その意識はおかしいぞ! と当時の私に言いに行きたいです。

この技術は、役に立つ

そんなテクニカルイラストへの気持ちに変化があったのは、マニュアル制作会社を退職し、再び建設業界に戻ってから。私の経歴を見てなのか、会社独自開発製品の取扱説明書作りを頼まれる機会がありました。

作った取扱説明書は社内でとても評判が良く、上司と現場から直接褒められたほど。マニュアル制作会社では使用者から何か言われることはなかったため、これまでに感じたことのない衝撃でした。「テクニカルイラストの技術は役に立たないもの」と思い込んでいた私でしたが「必要とされている技術なのでは?」と考え直すようになりました。

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初めて直接評判を聞いた

その後も、個人でテクニカルイラストの依頼をいただく機会があり、「フリーで仕事をしていく」というイメージを徐々に持つように。周囲の人に「チャレンジしてみてはどうか」と背中を押されたことで、「テクニカルイラストも描ける」フリーランスのイラストレーターとして2013年に独立を決意します。

テクニカルイラストを「表に出す」きっかけ

で、フリーになったはいいものの、蓋を開けてみれば自分の売り方が下手過ぎてテクニカルイラストの仕事はほぼゼロ。主にイラストカットを作成して暮らしていました。

独立してちょうど1年、結婚をきっかけに埼玉県から群馬県へ転居することに。都内にある企業と仕事をすることが多かったのでチャットツールやビデオ通話なども活用していましたが、埼玉にいるときと同様対面での打ち合わせを基本としていました。そのため、2時間30分かけて取引先へ行き30分打合せをし、また時間をかけて帰宅。そんな生活を続けていたら、だんだんと指名とリピーターが減り、気力と仕事とお金がなくなってしまいました。

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2016年頃の群馬県高崎駅周辺


定額貯金を崩して交通費を確保するなど、収入だけで仕事ができずに戸惑い、通帳残高を見つめては「消えたい……」と暗くなっていた時期も。それでもフリーランスなので、「発信はしないと!」とブログだけは「生きてます! 私を忘れないで!」と必死に更新していました。

ただ生存報告のためだけにブログを書いていた頃、Webで面白い記事を募集する企画が開催されているのを知ります。「面白そう!」という理由でエッセイ漫画を描いて応募して佳作を受賞し、ライターデビューを果たしました。

デビューして3本目の記事で得意なテクニカルイラストを生かした記事「プロが描く、スカウターの取扱説明書」がネット上で拡散され「取説のぬっきぃ」と呼ばれるように。


「自分が当たり前に取り組んでいたことが、こんなに注目されるの?!」という驚きと、今までテクニカルイラストを扱うときは表に出ることのないように過ごしていたので「注目されて怖い……」という気持ちにもなりました。

「ぬっきぃ」として名乗り出る決意

記事をきっかけにテクニカルイラストの仕事も増え、「ぬっきぃに描いてほしい」といううれしい依頼もありました。そして、「取引先企業の名前を背負っての責任感」から「自分の名前を出すことの責任感」へ徐々に意識が変わっていきます。

テクニカルイラストレーターは探せばいますが、探し方が分からないという声を聞くこともあったのです。

だったら、自分から名乗り出るしかないじゃん!

それが、私の出した答えでした。

テクニカルイラストには描き方・見せ方にルールがあります。ただ、そのルールを知らないで作っているだろう、という取扱説明書が世の中に溢れています。この状況はよくない。

悩んだ末、「テクニカルイラストの同人誌を出そう」と決意します。

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テクニカルイラストのルールをまとめた同人誌


取扱説明書は命に関わることなので、常に緊張感と覚悟があります。最初は同人誌を出すことにためらいもありました。

だけど出して正解でした。即売会やイベントで同業者から声をかけてもらうことや、媒体に取り上げてもらうことが多くなり、さらにテクニカルイラスト作成の問い合わせが来るようになりました。

ずっと制作会社にいたら描けなかったであろう製品の依頼が来たり、納品後に取扱説明書の反響をいただいたり、「頼んでよかった」と言われることも。この頃から、やっと「テクニカルイラストをやっています!」と胸を張って言えるようになってきたように思います。

キャリアは10年とぼちぼちだと思います。ただ、この10年は、テクニカルイラストレーターとして世の中に自分の名前で出るということ・業界を背負う責任感など、自分と折り合いをつける準備期間だったような気がします。収入は転居前に戻りつつありますが、まだまだ試行錯誤中です。

10年はとんでもなく短かった

テクニカルイラストを描き続けて約10年。開発中の商品やサービスに使われるイラストを作成するので、半年〜1年先に世に出るものを描いています。常に1年先を動いているので、時間の流れがとんでもなく早く感じます。口癖は「今って西暦何年だっけ?」。

テクニカルイラストの仕事は「これは私が描いたもの」と今後も言えません。ライターとしては名前も顔も出して活動しているのに、テクニカルイラストレーターとして、その成果物に対し名前も顔も出さないという状況は一人二役の人生っぽくて結構気に入っています。

テクニカルイラストはあらかじめ物があって1を2に3に、ライターは企画から考えるという0からのスタート。テクニカルイラストは自分を表現してはいけませんが、ライターは自分をめいいっぱい表現します。こうやって考えると自分はなかなか面白い存在だなぁ、と思うこともあります。

テクニカルイラストレーターとしては「ぬっきぃ」を消し、ユーザーが「見やすい!」「使いやすい!」と感じるようなテクニカルイラストを、ライターとしては記事のタイトルと画像を見て「ぬっきぃの記事だ!」と一目で分かるくらい自分の強みを押し出した記事を作成していきたいです。

著者:ぬっきぃ (id:nukkey)

著者イメージ

テクニカルなイラストが得意な(取扱説明書イラスト)イラストレーターです。 デイリーポータルZでも記事を書いています。夫の転勤で埼玉の川越から群馬の高崎に引っ越して4年経ちました。
Web:Nuki | ライター・イラストレーターぬっきぃのHPです。
Twitter:ぬっきぃ (@nukkey2013)

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次回の更新は、2019年1月30日(水)の予定です。

編集/はてな編集部

*1:一般的にコンピューター上で機械部品や建築物を設計・操作を行う仕事を指す