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“おいしい”の笑顔が活力になる――「さかづきBrewing」オーナー、金山さんの働き方

金山尚子さん

ブルーパブ「さかづきBrewing」を東京・北千住で運営されている、女性醸造家の金山尚子さん。大手ビールメーカーで商品開発、醸造技術開発に携わっていた金山さんですが、9年間勤めたのちに独立。なぜ独立して醸造家の道を選んだのか、今の仕事への思いとは……? 詳しい話を伺いました。

ビール好きが高じて、大手ビールメーカーに勤務

金山さんは、現在はブルーパブ(醸造所が併設され、その場で作られたビールを提供する店舗のこと)「さかづきBrewing」を運営されていますが、以前は大手ビールメーカーに勤められていたんですよね。

金山さん(以下、金山) はい、約9年間働いていました。最初の4年は、いわゆるビール工場で醸造の管理をして、その後5年は研究所に勤務し、ビール類の新商品開発や、ビールの香りや味を制御するための醸造技術の開発をしていました。

会社員時代に、ビールの作り方などを一通り覚えることができたんですね。

金山 そうですね。仕事は楽しかったですし、確実にそのときの経験が今につながっていると思います。

お酒にかかわる仕事に就きたいと思い始めたのはいつからだったんですか?

金山 私は、大学では農学部、大学院では農学研究科を専攻していました。そのころから「食にかかわる仕事に就きたい」という思いはあったんですが、特にお酒とは絞っていなくて。ただ、就活を始めるころには、お酒を第一にしていました。

なにかきっかけがあったのでしょうか。

金山 ビールが好きになったからですね(笑)。ビール好きになった理由としては、鮮明に覚えていることが2つあります。

ひとつは、学生時代の居酒屋バイト。実はそれまではビールは全然飲めなかったんですが、サラリーマンの方たちが仕事終わりにゴクゴク飲んでいる姿が、純粋においしそうに見えたんです。そんな姿を毎日見ていたら、いつの間にか私も「ビールを飲みたい」と思うようになっていて。しかも、サラリーマンの飲み方を真似してみたら、苦手だったビールがおいしく飲めたんです。「今まで、口に含んで味を感じていたからおいしくなかったんだ。喉で味わうようにしたら、ビールってこんなにおいしいんだ!」ということに気がつけたのは、ビール好きになる大きなきっかけでした。

もうひとつは、ベルギーのチェリービールとの出会い。当時は海外のビールはあまり出回っていない時代だったので、珍しかったんですよね。酒屋で見つけて、興味本位で飲んだときに、「こんなビールがあるのか!」と衝撃を受けました(笑)。チェリーの香りがして、甘酸っぱくて、今までのビール概念が覆されましたね。これを機に、ビールの奥深さやおもしろさにはまってしまいました。

奮闘した会社員時代。30歳を過ぎ、独立を決断

金山尚子さん

醸造家と聞くと、なんとなく男性が多いイメージがあるのですが、実際はどうなのでしょうか。

金山 会社員時代に仕事をしていた醸造に関わるセクションは、圧倒的に男性の多い職場でした。入社から退職するまで、醸造場で一緒に働いていた女性は、かなり少数でした。独立してからも、知り合う醸造家さんはほとんどが男性で、女性の醸造家さんはまだまだ多いとは言えず、全国でも数えるくらいではないでしょうか。

そんなに少ないんですね! 正直なところ、やりづらいことも多かったのではないでしょうか?

金山 仕事はたしかにハードでしたが、体力面でつらすぎると感じたことはほとんどありませんでした。というのも、会社のサポートがあったからなんです。

現場はどうしても男性目線の仕様なので、大きな20kg容量の樽に麦芽が入っていたりするんですよ。さすがにそれを抱えるのは困難なので、樽を全部10kgのものに変えてもらったりするなど、女性の私でもできる仕様に変えていきました。

現場をカスタムしていったんですね。自ら意見を出せるところがかっこいいです!

金山 会社からしたら厄介だったと思いますが(笑)。上司も協力してくれましたし、ありがたいですよね。

それと、数少ない女性として、勝手に気が張っていたのかもしれないです。私ができないままにしてしまうと、他の女性が入ってきたときに「やっぱり女性じゃ難しい」と言われてしまう可能性があるのかな、と。そういうのもなくしたかったんです。

女性が働ける環境を作っていったんですね。ところで客観的に見ると、大手メーカーで働くことは安定していたり環境が整っていたりと魅力がたくさんあると思うのですが、それを手放しても独立を選んだ理由はなんだったのでしょうか?

金山 実は、独立してビールを作りたいという気持ちより先に、“会社を辞めよう”という思いがあったんです。会社の人たちはいい方ばかりでしたし、仕事も楽しかったんですが、30歳を超えたときに、会社人として限界を感じたといいますか……。企業というのは、ある目的のためにみんなで動く必要があるので、どうしても会社の物差しに合わせなければいけない部分がありますよね。そこが私には合わなかったようで。同調していくのは得意な方だと思っていたんですけど、30歳過ぎたら自我が出てきちゃったんです。

辞めると決めてから退職までの期間はどれくらいあったんですか?

金山 1年ぐらい悩みながら働いて、辞めるという決断をしました。退職すると決めてからも、さらに1年ほど勤めながら次のことを考えていたのですが、結局「私にはビールしかない!」という結論に行きついて、独立の道を選びました。組織に所属するというのは、私には無理だというのがわかったので(笑)。とにかく、自分で自分が思うような職場を作るということを目指していましたね。

「ビールを作ろう」というのは、最後になって出てきたんですね! ちなみに、独立は勇気がいることだと思うのですが、後押ししてくれたことはあったのでしょうか?

金山 夫が応援してくれていたのは大きかったです。実は、夫もビールメーカーに勤めていた時期があったんですが、私よりも早々に辞めていて(笑)。今は別の仕事をしていますが、当時から自分の生き方を追求するようなバイタリティーあふれる人だったので、その姿にも勇気をもらいました。今も仕込みなど、お店のことをいろいろ手伝ってくれています。

自分で作ったビールへのリアクションを見届けたい

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ビール醸造のみに注力できる「メーカー」のスタイルではなく、醸造所とレストランが併設した「ブルーパブスタイル」にして独立したのはどんな理由があったんですか?

金山 教科書的ではありますが、自分で作って、出すところまで見届けたいと思ったからですかね。メーカーにいると、どうしてもお客様との距離がかなり離れているので、商品開発をしていても、売上とか数字でしかお客様のリアクションが見えなかったんです。それを寂しく感じていて。なので、“自分で出してお客様の反応をこの目で見る”という部分まで一貫したかったんです。

退職されてからすぐに独立の準備に入ったんですか?

金山 どういうことをしていきたいかという構想は固まっていたので、退職してからの半年間は、主に物件探しをしていました。2015年1月に退職をして、7月に物件を契約して会社を作り、それから2016年3月のオープンまでは、お酒を製造するための免許を取得して、開店の準備に追われていたという感じです。

物件を北千住に決めたポイントはどこにあったのですか?

金山 物件選びにはけっこうこだわって、23区をメインに、西東京とか大宮とか、いろんなエリアを回りました。その中でも、北千住が一番しっくりきて。北千住は、若い世代も年配の方もいろんな方が住んでいて、活気があるんですよね。さらに下町のよさというか、温かい雰囲気もあって。求めていた土地柄にぴったりだったので、物件探しの後半は北千住に絞っていました。

もともと北千住になじみはあったのでしょうか。

金山 会社員時代の飲み会は、北千住でやることが多かったんです。なので10年ぐらい前から、実は北千住に飲みに来ていて、愛着もありましたね。ここで店を開きたいと思った街で、今実際に地元の方にたくさん来ていただけているというのは、嬉しく感じます。

誰でもおいしく飲めるビール作りがモットー

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「さかづきBrewing」で提供されるビール。写真左から「煙月ブラウン」「秘密基地」「月の杯ヴァイツェン」

今作っているビールは何種類ぐらいあるのでしょうか。

金山 お店で出しているのは常時6種類前後です。「ペールエール」や「ヴァイツェン」などの定番もありますが、半分以上は時期ごとに変わるフレーバーを作っています。1回仕込むと、開栓してからだいたい3週間ぐらいでなくなるので、その次に作るものは、お店に出るときの季節や旬を考えながら、それに合った素材を使って仕込むようにしています。2016年3月のオープンから現在までトータルすると、約50種類ぐらいは作ってますね。

約1年で50種類はすごい数ですよね! ビールの味を作るときのこだわりがあれば教えてください。

金山 ドリンカビリティ……簡単に言うと、バランスよく飲み続けられるかですかね。例えば、飲みづらいほど苦いとか、突拍子のない原料のビールとか、今は変わったビールが注目を浴びがちです。でも私は、ビールが不慣れな人でも飲みやすいビールを作りたいと思っています。

あとは、ご飯とのペアリングも意識しています。ビールが主役というよりは、ビールと料理、お互いが高め合えるようなものを提供したいと思っています。

誰が飲んでもおいしいビールを目指しているんですね。ビール作りには、どれぐらい時間がかかるものなのでしょうか。

金山 仕込みを開始してから酵母を添加して、発酵の準備OKになるまでが約10時間、そこから、発酵と熟成を経て、最短で約10日間でお店に並びます。火力の調整なども人の手でやっているので、火をかけているときはつきっきりで仕込みをしています。

本当は、さらに2週間ぐらい寝かしたいんですけど、今は予想以上にお客様が来てくださっているので、その余裕がなくて。1回で150リットル作れる器材を使っているのですが、もっと大きいのにすればよかったと思ってます。

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嬉しい悩みですね。金山さんイチオシのビールはありますか?

金山 シーズンものなんですが、今出している「秘密基地」という、ヨモギを使ったビールがイチオシです。ベルギーでは、ハーブやスパイスを入れた爽やかなビールを夏に飲むというスタイルがあって、そこからヒントを得て作りました。後味がほのかにヨモギで、ほかではなかなか飲めないおもしろい味だと思います。

お客様の笑顔がなによりの活力。作り手と飲み手が気軽に話せるお店であり続けたい

働く上で常に考えていることはありますか?

金山 自分がビールを作って、その対価としてお客様がお金をくださって、生活しているという、お金の流れはやはり意識していますね。お客様とは、対等な立場でありながらも、謙虚に、目の前のことに誠実でいたいと思っています。

醸造家や職人さんの中には「自分の好きなものにこだわる」という方もいるかと思います。もちろんそれも重要なんですが、私は飲んでもらう人のことを一番に考えて、「おいしい」と言ってもらえるビール作りを目指しています。

お客様と意見の交換をすることもあるんですか?

金山 たくさん意見をくださいますよ(笑)。店の定番のビール「風月ペールエール」も、実は麦芽配合を変えたり、仕込み工程を変えたり、何回もマイナーチェンジして、今の味にたどり着いたんです。その度にFacebookで案内するんですが、そうするとお客様が「じゃあ飲みに来るか」と、新しい味を試しに来てくださったりして。そんなふうに、作る側とお客様側が気軽に会話ができる店って、あんまりないかもしれないですね。

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お客様との距離が近いんですね。仕事をしていく上で、一番のやりがいはなんですか?

金山 やっぱり、ビールを飲んでいただいて「おいしい」と言っていただくことですね。私は淡々とした性格なので、そこまで喜びを感じないのかな?とも思っていたのですが、目の前で「おいしい」と笑顔で言ってもらえると、想像以上に嬉しいし、活力になりますね。

レシピを作って醸造して、メニュー名をつけて、お店に出して、お客様のリアクションまで見届けるという一連の流れ、全てが楽しいです。その分、「いまいちだ」と言われたときはへこみますけど(笑)。

嬉しかったことで、印象的なエピソードはありますか?

金山 私にとっては意外なことだったので印象に残っているという話になるんですが……。先ほどお話ししたように、うちのビールは開栓してから約3週間でなくなるんですが、実はその3週間の間にも、味が徐々に変化しているんです。

ビールは熟成させるほど味が整っていくのですが、うちのような小さな店では、提供するビールが足りなくなるので、熟成に最低限の時間しかかけられない場合が多くて。開栓後も熟成は徐々にしているので、開栓直後と、なくなるギリギリとでは、渋みや深みなどが変わっています。

大手のビールメーカーでは「完全にあるべき風味を確定させた」という段階になってから市場に出すので、いつ飲んでも同じ味が楽しめます。それが正しいことだと思っていたので、メーカー出身の私の中では、「味が変わってしまう=いけないこと」だったんですね。

なので、お客様に「この前と味が違うね」と言われると、怒られているんだと思っていつも謝っていました。ですが、「それ(変化があること)が、ブルーパブの楽しいところでしょ」と言ってくださるお客様が多くいらっしゃって。思いもよらない言葉でびっくりしましたね。これもいいんだなと嬉しかったですし、ビールの楽しみ方をまたひとつ知ることができました。

金山尚子さん

嬉しいことがある反面、大変なこともあるかと思いますが……。

金山 オープン当時がとにかく大変でした。作っても作ってもビールが足りないので、焦がしてしまったビールを出したこともありました。プロとしてこれでいいのか悩みましたし、そのときはつらさのピークでしたね。ちょうど1年前のメニューを見ていたんですが、ビールが2種類しかなかったんですよ。ビールが“売り”のブルーパブに来て、2種類しかビールがないなんて、お客様もびっくりだよな……と。予想外にお客様が来てくださったのはとてもありがたいことなんですが、その分、せっかく来てくださったのに飲んでいただくビールが少ないというのは、とってもつらかったです。

このオープン当初の時期は、起きたらすぐお店に来て、営業が終わったら帰って寝るだけという感じで、ごはんを作る時間もないし、休みもないし、ぐちゃぐちゃな生活をしていました。定休日でもビールの仕込みをしたり、器材の消毒をしたりとなにかしら作業をしているので、今も完全な休みはないですが。それでも、夫やスタッフのサポートもあり、生活スタイルも落ち着いて、人並みの生活は送れるようになりましたね。

つらくなったときは、どのように対処したのでしょうか。

金山 対処法というより予防策になりますが、最近では、意識して肩の力を抜くようにしていますね。というのも、以前、レシピを作るのが苦痛でしかたない時期があったんです。忙しすぎて、頭がいっぱいいっぱいになって、なにもアイデアが浮かばなくなってしまって。ほかにも、「ビールとはこういうものだ」と熱く語っているプロの方を見ると、自分もしっかりしなきゃいけないと思ってしんどくなったり……。

だけど、自分自身も楽しみながら、とにかくビール作りに集中しようと思い直して。「失敗してもいいや」ぐらい気軽な気持ちでできるようになったら、精神的にすごく楽になりましたね。適当に仕事をしているわけではないのですが、私の場合は、それぐらい力を抜いてやった方が、おいしいものができるということに気がつきました(笑)。

今では柔軟にアイデアが浮かぶようになって、作りたいビールをメモしたアイデアノートも、来年の冬まで埋まっている状態です。

肩の力を抜くことは、好循環につながったんですね。最後に、今後の目標があれば教えてください。

金山 まだ決まったことではないんですが、今はお客様の数に対して施設が小さすぎるという悩みがあるので、お店以外にも、ビール作りができる専用の場所を作っていきたいですね。施設が整えば、もっと時間をかけて熟成させることもできるので、さらにおいしいビールが作れると思っています。

といっても、お店を大きくしたいわけではありません。今の店のスタイルを原点に、作り手とお客様の距離を大切にしつつ、よりビールの種類を増やしたり、ビールの質を高めていきたいなと思っています。

ありがとうございました!

※文章中の「ビール」は現行酒税法上発泡酒に分類されるものも含みます

取材・文/石部千晶(六識)

お話を伺った人:金山尚子

金山尚子

大手ビールメーカーで勤めたのち独立し、ブルーパブ「さかづきBrewing」をオープン。1日休みというのはなかなかとれないけれど、定休日の月・火曜日はビアバー巡りを楽しむ。趣味は、7年前に始めたトライアスロン。時間を見つけてはランニングをして体を鍛えている。

店舗情報:「さかづきBrewing」

さかづきBrewing

北千住の住宅街にかまえる醸造所が併設されたレストラン(ブルーパブ)。常時数種類のビールが、料理とともに楽しめる。現在仕込み真っただ中という2017年夏の新作は、レモンを使ったビールを提供予定とのこと。

〒120-0026 東京都足立区千住旭町11-10コルディアーレ1F
TEL:03-5284-9432
営業時間:(水・木・金曜日)16:00〜22:30(22:00LO)、(土曜日)13:00〜22:30(22:00LO)、(日曜日)13:00〜21:30(21:00LO)
定休日:月・火曜日
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次回の更新は、7月5日(水)の予定です。