仕事で失敗をしたとき、立ち直る方法なんてない?

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出版社勤務を経て、現在美容ジャーナリストとして数々の美容雑誌で連載を担当されている齋藤薫さん。美容記事だけでなく、機微な感情の揺れ動きを的確に捉えたエッセイも数多く執筆し、幅広い年代の女性から支持を得ています。 今回『りっすん』では、「働くこと」をテーマに、齋藤薫さんに書き下ろしのコラムを執筆いただきました。
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自分のキャリアを今、振り返ってみても、思わず顔が赤らむほどの失敗は数えきれないほどあった。ことに出版社に勤めているときの失敗として、今も忘れることができないのは、掲載商品の価格を間違えたり、問い合わせの電話番号を間違えたりしたこと。雑誌が発行されてしまったら、もはやなす術なく、これはもう「いかに謝るか?」しかないわけで、極めて初歩的なミスだけれど、やってはいけないこと。だから、やらかしてしまったときの苦い記憶は、何年たっても何十年たっても忘れることができないのだ。

例えば、ファッションページを担当したときに、スカートの価格を一桁間違えた。平凡なベージュのスカートが450,000円になってしまった。ともかく編集者として自分の作ったページのスペックは、全て自分が責任を持たなければいけないわけで、雑誌の発売日、0が1個多いことに気づいて、失笑も起きる中、大慌てで、いわゆる"菓子折を持って謝りに行く"ことになる。

しかし、こういう謝罪は思いのほか難しい。謝って気が済むのはこちらだけで、忙しい先方に時間を取ってもらうのは、それはそれで気が引ける。アポイントを取って行くべきか、取るものも取り敢えず謝りに行くべきか、ここがひどく悩ましい。 "怒られに行く"という独特な苦悩は、その立場に立ってみなければわからないもの。そういうことが何回あっただろう。さすがに、帰れと怒鳴られたことはなかったが、1時間もクドクドと文句を言われたことはある。そこで思ったのは、何を間違えたかにもよるけれど、謝って済むことは何もないのだという現実。

スカートのケースにおいては、ともかく訪ねてしまえという勢いで出かけて行ったところ、幸い先方がとても良い方で「450,000円は驚いたけど、一桁少なく出してもらうよりは良かったよ」と言ってくれた。

立ち直ることばかりを優先すると、失敗は体の中に溜まっていく

ただ、それで済んだことに安堵してしまうと、人間また同じことを繰り返す。実は、その直後にこんなことがあった。「知る人ぞ知る名品」という企画で紹介した化粧品の問い合わせ先電話番号を間違えたのだ。実際これは価格を間違えたのとは、次元の違う問題に発展してしまう。

紹介した商品が大反響で電話が殺到したこと、電話番号を間違えた先が新聞販売所であったことなどが重なり、営業妨害だと猛抗議があった。そこで、その日から私は3日間、新聞販売所にお弁当持参で通い、電話番をすることになったのだ。これが実に良い経験で、最初はヨソヨソしかった販売所の方々とも次第に打ち解け、今では良い思い出にさえなっている。ある意味、そこまでしたからひどい失敗も自分の中で消化できたのだと思う。逆に中途半端に終わらせてしまった失敗は、今も自分の中でくすぶっていることに今あらためて気づいた。

仕事に失敗はつきものだし、楽しいだけの仕事はもちろん、楽な仕事なんてあるはずがない。かといって失敗を恐れたり逃げたりしていたら何もできないし、そういう失敗とどうやって付き合うかの処理の仕方も、自分の中にきちんと構築しておくべきだと思うのだ。

だから、失敗からどう立ち直るかではないのだ。その失敗をどう処理し、自分の中でどう消化するか?ということなのだと思う。

立ち直ることばかりを優先すると、失敗は体の中に溜まっていくだけ。きっと成長はない。そうではなくて、自分を前に進めるために、自分の中で一つ一つの失敗をまずきちんと終わらせなければいけない。

だから失敗はなぜ起きたかを考え、その処理に誠心誠意を尽くしたい。ただ、自分の気が済むまで、という意味ではなく、相手の気持ちが収まるまで、もっと言うなら相手に気持ちが伝わるまで。相手と心が通じるまで。

ちなみに、良い仕事をするという上でも、相手の予想を超えることは何より大切なのだと思う。何かを頼まれたとき、頼んできた相手の期待を少しでも超えること。何か失敗したときも、相手の予想を少しでも超える謝罪や償いをすること。逆に少しでも下回ってしまうと何も終わらないから。

正しい失敗は、成功のもと

ある人は、「失敗すると、『チャンス!』と思う」と言った。困ったことが起きると、むしろ、やる気になってしまうと。そこまで行くのには相当な精神的強さが必要だけれど、そのぐらいの気持ちで失敗と関わっていた方が、実りは大きくなると思うのだ。"失敗は成功のもと"という言い古された言葉を、決して侮ってはいけないのだ。

ただ確かに、失敗した後は誰だって何日間もふさぎこむ。そんな自分を救い出したいと思うのは当然のこと。でもそういうときは逆に、自分の失敗がこんなことで済んだ事実をありがたく思うような、自分への慰め方はあるのかもしれない。

例えばだけれど、自分がもし、人の命を預かるような職業だとしたら……そう考えてみてはどうだろう。病院や保育園で働いている人、介護の仕事に就いている人などは、くよくよしている時間もないはず。小さな失敗が、取り返しのつかないことになる可能性もあるわけで、そこは“失敗が許されない仕事を持つ人々"のことを思い、そういう仕事の尊さに思いを馳せると同時に、その痛みを心で感じてみるのだ。するとこんなことでふさいでいる場合じゃないと思うのかもしれない。それよりも失敗をしないこと。そういう境地になれるのかもしれないのだ。

だから失敗から自分を立ち直らせる方法などない。働く私たちには、それよりも先に、するべきことがたくさんあるのだから。正しい失敗は成功のもと。そこから、きっと何かが始まる。

著者:齋藤薫(さいとう・かおる)

齋藤薫

美容ジャーナリスト/エッセイスト。女性誌において多数の連載を持つほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。著書に『“一生美人”力』(朝日新聞出版)、『されど“男”は愛おしい』(講談社)などがある。

次回の更新は、6月28日(水)の予定です。