浮気ばかりするギリシャ神話の神々
藤村シシン(以下:藤村) 特に決まったモデルはいなくて、古代ギリシャの一般的な女性の格好です。
藤村 柱です(笑)。演劇か何かで使ったもので、Twitter経由で「柱欲しそうな人がいるよ」って私のところまでまわってきました。ちなみにこれは、私が一番愛しているアポロンの石膏像です。(机の上に置いてあるアポロンの石膏像を手に取る)
藤村 良さを一言で語るのが難しいなぁ! 好き過ぎてもはやどこが好きなのかが分からなくなっていて。でも私、最初はギリシャ神話の中でアポロンが一番苦手だったんですよ。

アポロン像を見つめる藤村さん
藤村 音楽の神で、疫病や医術の神でもあって、あと、哲学の神、理性の神、光の神とか、とにかくマルチで。
藤村 いろいろな神でありながら、自分が美しいことを分かっているナルシストで、女性に対しても強引に迫るんです。例えば、私が今かぶっている月桂冠(げっけいかん)もアポロンにまつわるものでして。アポロンが恋をしたダフネという女性がいるのですが、この人、最終的に月桂樹になるんですよ。
藤村 ギリシャ神話の話です。アポロンが「僕と結婚してよ~」ってダフネを追いかけて、ダフネは追いつかれそうになります。すると、ダフネはアポロンに触られるのも嫌なので、触られるくらいだったら自分を植物に変えて死んでしまおう、と月桂樹になるんです。それを見たアポロンは、「キミが僕の恋人になれないんだったら、せめて僕の冠になってくれ。僕の美しい髪を永遠に彩る冠として付き添ってくれ」と。
こうしてアポロンは、月桂樹(ダフネ)を冠にして、ずっとかぶり続けるわけです。これ、自分がダフネだったら、すごく嫌じゃないですか? 樹木になってまで逃げた男性の頭に永遠に居続けなきゃいけないんですよ!
藤村 ダフネだって、「お前の頭を飾るために樹になったわけじゃねえよ」って思っているはずです。アポロンがあまりに独善的だから最初は嫌いだったのですが、調べていくと実はこれ、後付けで作られた設定だということが分かって。もともとのアポロンはもっと高潔な神だったんです。そのギャップで好きになりました。

月桂冠を身に着け取材に応じてくださった藤村さん
藤村 ギリシャ神話って結構そういうのが多いんですよ。例えば、ゼウスっていう最高神は浮気しまくります。でもこれにも理由があって。
藤村 そう! 神のくせに倫理が欠如していますよね。しかもギリシャは一夫一妻制ですからね。でも実は、ギリシャの各地域の人々が「自分の祖先はゼウスだ」と言いたいがために、そうなってしまっているんですよ。「ゼウスという最高神がもうけた子が、俺たちの祖先だ! 俺たちは神の血を引いているんだぜ!」とみんながあちこちで一斉に言い出したせいで、ゼウスが浮気しまくっているような形で言い伝えられてしまったんです。
藤村 「浮気してないしてない!」って言いたいかもしれないですよね(笑)。
古代ギリシャの哲学と倫理崩壊のギャップに熱中
藤村 結果的に、浮気ばかりして倫理が崩壊しているような神話が語られていながら、古代ギリシャでは哲学や数学が盛んで、そのギャップもまた面白いんですよ。古代ギリシャにハマった最初のきっかけは高校生の頃に見た『聖闘士星矢』というアニメだったんですが、調べていくうちに古代ギリシャそのものの面白味に熱中していきました。
藤村 ソクラテスにアリストテレス、プラトン、ピタゴラス、医術だとヒポクラテスなんかもいます。
藤村 で、高校生だった私はそのまま受験の選択科目を日本史から世界史に変えるという暴挙に出ました。先生にはめちゃくちゃ止められましたけどね。日本史選択である程度授業も進んでいましたし、暗記科目を途中で変えるのはリスクしかなくて。先生には「日本史で受験をして、大学に行ってから世界史をやることもできる」と言われたんですが、今好きになったから、今からやるのが一番いいのだ! という感じで。
藤村 ギリシャって教科書で言うと全体の3ページくらいですからね(笑)。結局最後まで世界史が受験の足を引っ張っていました。
私、思えば結構そういう危ない橋を渡り続けていて……史学科でそのまま大学院まで進んだんですが、これ、「ゆるやかな自殺」って言われてるんです。
藤村 理系の院卒は研究職や技術職といった就職口が比較的あるんですが、文系の院卒というとかなり進路が限られているんです。研究職として食べていければ一番いいものの、席が空いてないから相当厳しい。だから念のために教員免許を取っておくのが当たり前の世界で。でも、私は絶対教員には向いていないと思っていたのもあり、最初から退路を断つために、教員免許は取らなかったんです。教授には「えっ! 何それ! 自殺!?」って言われました(笑)。
藤村 そうそう。でも、昔から毎朝早く起きたり、責任のある仕事だったりっていうのは自分には無理だと思っていたんですよ。だから結局そのまま就活もせずに卒業して。
藤村 私、多分「これ(研究)が自分の仕事になる!」という変な確信があったんですよね。この道以外で生きようとも思っていなかった、というのもあると思います。大学在学中から個人で発信していたのをSNSで運よく見つけてもらえて、2015年に本(『古代ギリシャのリアル』)を出させていただいたのをきっかけに仕事の幅も広がりました。

古代ギリシャのリアル(実業之日本社 )
藤村 そうですね。本を出すまでは違うバイトもしていたのですが、今はこれだけで。結果的になんとかなっていますけど、こうして振り返ると全然計画性がないように聞こえますね……! ヤバい!
牛を殺して盛り上がる古代ギリシャの祭儀を再現!
藤村 NHKの講師をやったり、イベントをやったりしています。イベントでは「アポロン生誕祭」と題して古代ギリシャの祭儀を再現したこともあります。
藤村 祭壇で牛を殺して、みんなで賛歌を歌って、市民たちとめっちゃ盛り上がる、みたいな祭儀で。これを実現するにあたって、まずは歌ってくれる人をTwitterで集めたんです。最初から「牛を殺して祭儀をしたいんですよ」なんて言うとビビって誰も寄ってこないだろうと思って、まずは古代ギリシャの楽器と楽譜をTwitterに載せて「この楽譜、読める人がいればいいのにな~」ってツイートして。
藤村 そう、匂わせたんですよ。我こそは楽譜を読めるというTwitter民がリプライしてくれると踏んで。それで、リプライくれた人たちを集めてオフ会をして、その場で「祭儀をやりたいから、楽譜を読めて歌える皆さんには古代ギリシャ語で聖歌隊をやってほしい」とスカウトしたんです。それで、その人たちに牛の役をやってもらったり、歌ってもらったりして、無事祭儀を再現できました。

祭儀でも使用する竪琴
藤村 2018年の初めくらいから、次の『アサシンクリード』の舞台が古代ギリシャだということは情報として入っていたんです。前作は古代エジプトが舞台で、古代エジプト勢の中では考証もしっかりしていて、世界観もよかったと評判で。だから、「次はギリシャなんだ!」とすごく楽しみにしていたんですよね。
藤村 やっぱり古代ギリシャ勢と一緒で、古代エジプト勢みたいなのもいるんです。でもエジプトの方がずっと先輩なので、先輩だと思っているんですが。
藤村 そう、歴史上の先輩ですね。古代ギリシャ人も、古代エジプトのことは学問も進んでいる国で先輩だと思っています。
で、たまたま『アサシンクリード』の広報の方から「コラボで仕事をしませんか」とお声がけがあって、関わらせていただくことになりました。普通に買おうと思っていたゲームのお仕事だったので、これは嬉しかったですね。
古代ギリシャのおかげで嫌いだった科目も楽しめる
藤村 最初はギリシャ以外のことは一切やりたくないと思っていたし、ずっと古代ギリシャのことを考えて生きていくと思っていたんですよ。ただ、調べていくうちに、それ以外の知識もどうしても必要になってくるんですよね。それこそ、英語が分からないと、洋書で調べ物ができなかったり、竪琴持って歌う人が出てきて音楽のことを勉強しないといけなかったり。古代ギリシャ人の料理に関する文献もあって、私も実際に作ってみるんですが、それには家庭科の知識が必要になってきます。
藤村 でも、やっているうちに、周辺の知識を得るのも楽しくなってきたんです。それこそ、私は昔、音楽が嫌いだったんですけど、高校時代にあれだけ苦手だった音楽を、古代ギリシャのおかげで楽しんで学べるようになりました。古代ギリシャの中に、全ての科目が入っていて、そういう知識がないと古代ギリシャのことを本当に理解することができないと分かるので、学ぶモチベーションも上がります。
当時「こんな勉強がなんの役に立つんだよ!」って言ってましたが、高校時代に必要なかった科目は一つもないんですよね。ちゃんとやっておけばよかったし、あのときあんなに勉強が楽しくなかったのはなんでだったんだろう! と思います。
結婚の圧力に対し、真顔で「私、アポロンに操を立てる」
藤村 強いて言えば、親戚からの目ですかね。親戚で集まったときに、「どこどこの○○ちゃんは立派に就職して、結婚していて子どももいて」「結婚もせずにプラプラして」などと言われるんですよ。「せめて恋愛くらいしなよ」とか。
藤村 でも、ひとついい手があって。真面目な顔で「私、アポロンに操を立てる」って言うと、「こいつもうダメだ」って思って引いてくれるんですよ!
藤村 もう冗談じゃなく、真顔で「アポロンじゃないとダメ!」「神が好きなんですよ!」って言うと、サーッと引いていくので、オススメです。もちろん演技じゃなくて、私は心からのマジで言っているから効力があります。
藤村 最初……それこそ『聖闘士星矢』にハマって進路変更する! と言い出した頃とかはそりゃ心配していましたね。ただ、今となっては「育て方がよかったな」みたいな雰囲気になっています(笑)。
藤村 たくさんあります! 例えば、神殿を建てたいですね!
藤村 だって神殿建てたことあります!? ないでしょ!?
藤村 やっぱり、パルテノン神殿なんかはギリシャの神髄なんですよ。人間が見上げたときの目の錯覚をきちんと考えて柱の太さを考えられていて、そういうの、やってみたくないですか!?
藤村 そこは、祭儀イベントをやったときみたくTwitterで石を運んで削る動画をアップします。そして「う〜ん、一人で神殿建てるの難しいなぁ。誰か一緒に神殿建ててくれる人いないかな〜?」って匂わせていくことにします。でも石って高いからなぁ……。最終目標かもしれません。死ぬまでには建てたいですね。
撮影/関口佳代
お話を伺った方:藤村シシンさん
作家、古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家。高校のときに見たアニメ『聖闘士星矢』の影響でギリシャ神話にハマって以来、古代ギリシャに人生を捧げることになる。NHKカルチャー教室講師。古代ギリシャ総合体験型エンターテイメント「古代ギリシャナイト」主催。
Twitter:@s_i_s_i_n
*1:テレビアニメ化もされた、車田正美によるマンガ。作品の題材としてギリシャ神話が用いられている