
デザイン事務所「サトウサンカイ」の代表を務める佐藤亜沙美さんは、大胆なリニューアルが注目を呼び、86年ぶりの重版となった文芸誌『文藝』を始め、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子)『生理ちゃん』(小山健)など、さまざまな話題書を手掛けるブックデザイナーです。
広告のデザインをしていた20代の頃、「この仕事は誰のためになっているんだろう?」と悶々とし、その後ブックデザインの世界へ。今では徹底して「ひとりの読者を仮定する」という方法で仕事に取り組まれている佐藤さんに、どのように届ける相手の「顔」を思い浮かべているのかということを中心に、本の持つ根源的な力や師匠・祖父江慎さんの教えについても伺いました。
「普通で安全なデザイン」に逃げない
佐藤亜沙美さん(以下、佐藤) デザインの専門学校を1年で辞めて最初に入ったのは製版所兼広告の制作会社で、19歳から2年間住宅や旅行関連の広告制作に関わっていました。ただ、いろいろな意味で想像していたよりも遥かに大変で……。
佐藤 生意気な話なんですけど、仕事をやっていくうちに、「この広告は誰のためになっているんだろうか?」「クライアントに気に入ってもらうことがゴールになっていないか」と疑問に思うようになってしまって。
もともと私はタフな家庭環境で育ったこともあり、「デザインの仕事で誰かの役に立ちたい」という気持ちがすごく強かったんです。でもいざ現場に入ってみると、ときに流れ作業的に仕事をこなさないといけない場面もあったり……。自分の実力不足もあったと思うのですが、毎日悶々としていましたね。

佐藤 仕事が煮詰まるとよく書店に行っていて、あるとき雑誌を読んでいたらブックデザインという仕事が取り上げられていたんです。当時は池田慎吾さんや鈴木成一さんなど、書籍を中心に手掛けるデザイナーさんが注目された最初の時期で、「あ、こんな仕事があるのか」と。
それからは気になる書籍のデザイナーさんの名前を確認するようになったんですが、そうしたらいつも「祖父江慎」と書いてある(笑)。しりあがり寿さんや吉田戦車さんの単行本を始め、膨大な数のブックデザインをされている著名なデザイナーさんだと分かりました。祖父江さんの手掛けた本には、彼のアイディアや思考がそのまま書籍という物体になった、みたいな圧倒的な身体性を感じたんです。つくった人と創作物が直結しているような。
それが当時の私にはすごくうらやましくて、出版社でのインハウスデザイナーを経て、祖父江さんの事務所であるコズフィッシュでお手伝いさせてもらうようになりました。
佐藤 「普通」に逃げない、ということでしょうか。
佐藤 例えば、赤ちゃんの使うものには奇抜な色を使わないとか、女性の使うものにはピンクを使うとか、「なんとなくそういうもの」と認識されているルールが世間にはたくさんあると思います。
でも、そういうルールは本当に「なんとなく」でしかないことも少なくなくて、祖父江さんはそういう安全地帯に逃げるようなデザインにはすごく厳しかったです。逆にその作品でしか生まれない必然性のあるデザインだと、「なるほど」と納得してもらえる。
佐藤 一方で、「自分がこうしたい」というエゴが前面に出ているようなデザインに関しても祖父江さんは厳しかったです。
だから私の装丁は凝っていると言っていただけることも多いんですが、その本を通り越して自分の欲求を叶えようとしているのが分かるようなデザインは、読者のためにならないのでしたくないと思っていて。本を下から支える影武者のようなイメージでデザインをしています。

「読者をひとり徹底的に想定する」ための方法
佐藤 編集者や著者の持っている届けたい相手のイメージをたたき台に、話し合いを通して固めていく感じでしょうか。作品によってそのプロセスはまったく異なりますね。
例えば、大森靖子さんの『超歌手』では、大森さんのファンのお若い層にアプローチしたかったため、普段は本をあまり手に取らないけれど、毎日ヘッドホンで爆音で大森さんの音楽を聴いている女性をイメージし、「インターネットネイティブ世代が想像する本らしい本」を軸にプランしました。
また、内沼晋太郎さんの『これからの本屋読本』では、本をこよなく愛し、読むだけでなく経営までしてみたいと考えている会社員をイメージしました。内沼さんからは「読者の教科書になるような普遍性を持たせたい」とうかがっていたので、クラシカルかつモダンな印象を持っていただけるように仕上げていきました。
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八戸ブックセンターでの展示資料(画像提供:佐藤亜沙美)

佐藤 そうですね。まだ編集の方自身の届けたい読者のイメージが明解でなかったり、逆に「10代の若者から年配の方まで幅広く届けたい!」というすごく広い読者のイメージをいただくこともあったりします。ただ、そういうときでもやっぱり最終的には「ひとり」にまでピントを絞っていく。これまでの経験上、「広く多く」を目指すとあまり良い結果にならなかったです。
宇多丸さんのラジオのワンコーナーから書籍化された『ババァ、ノックしろよ!』は、最終的に実際にいらっしゃるラッパーの方を読者と仮定することにしました。ご本人はまさか自分が読者イメージにされているとは知る由もないと思いますが(笑)。
佐藤 明確に「このように売れたらいいなという目標」を意識するようになってからなので、もしかしたら独立してからかもしれないです。誰にでも好かれるものより、ひとりにまっすぐバシッと届くものを目指した方が、本という物体の強度が上がり、確実に読者に届くのかなと。
佐藤 ちょっと漠然とした話なんですが、いち読者として書店に並んでいる本を見たときに「この本とはなんだか目が合うな」というものってありませんか?
佐藤 ありますよね。なんていうか……ちょっと胡散臭く聞こえるかもしれないですが、やっぱり制作陣が本気で取り組んでいる本は、書店に並んでるときのオーラで分かる気がするんです。この作品は大事にされているな、届けたい相手が定まっているなって感じがすごく伝わってくるときがあって、それはその本に関わった人たちの思考の量が大いに関係しているように思うんです。
逆に、「なんとなくそれっぽい」というデザインの本は、装丁ではなく単なるパッケージデザインになってしまっているように感じるというか……。なんとなく見た目はいいけれど、結局誰とも目が合わないように思います。

言葉にできずとも、「身体」は手抜きを見抜く
佐藤 もしかしたら、手を抜こうと思えば抜ける部分はあるかもしれません。ただ、言語化できるかは別にして、身体は相当に賢いはずで、感覚的に気付かれてしまうと思うんですよね。先ほど「書店で目が合う本」と言いましたが、それって本が発する異様さや美しさを無意識にキャッチしているってことだと思うんです。
佐藤 例えば、私が高校生のときに書店で出会った本に、『GOGOモンスター』という松本大洋さんの漫画があって。ものすごく凝ったつくりで、正直、高校生にとってはめちゃくちゃ高かったんですよ。「漫画にこの値段出す!?」っていう(笑)。
だから、すごく気になるけど買えないな、でもまだあるな……と何度も書店に通って何か月目かでようやく買ったんですけど、それが実は祖父江さんの手がけられた作品だったというのをあとから知って。当時は惹かれた理由なんて分からなかったけど、高校生の私でも感じられたので、楽をしたら読者の方には気付かれると思うんですよね。
佐藤 それは間違いなくあると思います。やっぱり、自分が書店でいち読者として本を見たときに「同業者としては痛いほど分かるけどここは手が抜かれているな」と感じたり、タイトルや装丁のインパクトで本を買ったけれど中身は期待はずれだったり、という裏切りのようなものに深く傷ついてきた経験があるので、そういうことは絶対したくないんです。自分自身が読者として本に望んでいることは、自分の仕事に最低限課しているかもしれない。
「生きるか死ぬかの選択に本を役立ててきた」から
佐藤 そうですね。これからはデザイナーに限らずどんな業種の人でも、ルーティンだけで仕事をしていたら立ちゆかなくなる時期がくると思っています。そういう意味で、自分がどんなアイデンティティを持ってどんなスタンスで仕事をしているかはきちんと言えるようにしたいな、と。
佐藤 例えば、生きづらさについて扱っている本のお仕事は、できるだけお受けしたいなと思っています。私自身、学生時代には不登校になったり複雑な家庭で育ってきたという事情があって、漠然と苦しいなと思い続けてきたこれまでだったんですが、そういうときには必ず本に救われてきました。生きるか死ぬかみたいなときの選択に本が血肉になってきたという実感があるんです。
だからこの業界に入ったとき、幼い頃から文化的な資本を燦々と浴びて育ってきたであろう秀才と言われる方たちに囲まれて、圧倒的な孤独を感じました。「あれ、自分の味方がいっぱいいると思って入ってきたのにここでも孤独だ」と(笑)。勝手な話なんですが。
佐藤 でもだからこそ、せっかく自分が本をつくらせていただけるなら、過去の自分のようにその本を切実に必要としている人にちゃんと届けたい。そのためにどうすれば私は役に立てるか、というのはすごく考えることです。
佐藤 実は日本でしかできない印刷や加工技術というものがかなりあるんですが、それが伝わっていないなと感じることも多くて。いつかその価値を日本だけでなくて海外にも伝えられたらなと思います。最近デザインを担当した『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』(滝口悠生)では、表紙の色が全部で10パターンあるという仕様にしました。

この本の印刷には、印刷所の方が莫大な投資をして導入したデジタル印刷機というものを使っていて。通常、10パターンで色を変えるとコストも10倍になるんですが、この印刷機を使うと1パターン分のコストしかかからないんですよ。ここまでキレイにこんなにたくさんパターンを刷るというのは日本に数台しかない印刷機を用いないとできないことなんです。そういったことを外にアピールしたいと思ってつくってみたんですが、構造が複雑なのでなかなか伝わらなくて(笑)。でも、今後もそういったアプローチはめげずに続けていきたいと思っています。
取材・文:生湯葉シホ
編集:はてな編集部
お話を伺った方:佐藤亜沙美さん