福岡県博多の中洲には屋台が並んでいて、観光客でにぎわっています。楽しそうだし懐かしさもある。

でも考えてみたら私の住んでる街に屋台があったわけではなかった。それでも懐かしさや憧れみたいなものがあるんです。

これはなぜ? 屋台って考えてみたら不思議な存在じゃないですか?

下寺孝典さん。アトリエを間借りしているという大阪市西淀川区の工務店「ロウエ」にお邪魔しました

そんな屋台を研究して、自身でも屋台をデザインして作る下寺孝典さんという建築家がいます。そんな下寺さんの屋台研究の本質の一端をおすそわけしてもらいましょう。下寺さん、屋台ってなんなんですか?​

話を聞いた人:下寺孝典さん

屋台建築家/TAIYA代表。1994年広島県呉市生まれ。大学院修了後、TAIYAとして独立。屋台のリサーチを起点に、設計・制作を行う。東南アジアや日本各地の屋台文化とその生態系を調査・研究し、その知見をもとに、各地の都市空間で自ら設計した屋台による実践を重ねている。屋台を建築の最小単位として捉え、そこから公共空間の可能性を探求するとともに、「巷(ちまた)」の復権を目指して活動している。

 

「自己表現としての屋台」が増えている

──下寺さんは屋台の建築家なんですか?

建築でいう設計事務所みたいな形で屋台をデザインして作ってます。普段作ってるのはポップアップ的な出店のための屋台が多いですね。コーヒー売ったり紙芝居やりたいっていう人がいたり。チラシを宣伝するための屋台だったり。今はマルシェとか小商いブームでもあるので。

バンド『くるり』のポップアップ企画の屋台も下寺さん作

──そんなに今、屋台の注文があるんですか?

副業ブームの流れとも近いと思います。自分の仕事の合間にグッズを作って、販売する。そのこと自体が自分の表現になっている。自身のパーソナルを表現するアイコンが、僕が作るような現代的な屋台かなと思いますね。

下寺さんのHPから

──写真を見てたら急激に理解してきました。これはやってみたい(笑)。かわいいお店をやるには大変だけど、屋台なら……というところでもありますね。でもこれは従来の屋台のイメージと全然違いますね。

全然違いますよね。もちろん広場でマルシェをやる場合もありますけど、今は建物の中でブース出店する形が増えている。でもそういうものをたくさん作ってると「屋台ってなんなんだろう?」と考えるんです。

「万博記念公園 日本庭園 中央休憩所」 屋台(撮影:KENJI TOGO)

──中に出店する形は屋台だけど、インテリアや家具みたいな扱いになるんですかね?

僕としては、「小さな建築」って言ってるんですけどね。

昔ながらの屋台って、人が集まる場所、それも公共的な場所、ストリート、路上に出るものだと思います。でも自分が作ってるものは屋台自体がものとしての面白さやコミュニケーションツールとして求められたものが多い。

あとは生業(なりわい)かどうかというのもありますね。昔ながらの屋台は当然、生きていくために、必死で稼ぐためにやっている。だけど今の形は、もちろん売れたらいいけど自分の宣伝になれば、という人が多いです。

そうなっていくと、屋台って一体なんなのかという問いにぶつかるんですよね。自分が作ってるこういう作品は本当の屋台って言えるのかって。

福岡・博多の風景

 

人と人のつながりから屋台研究に

──下寺さんが屋台を作られてるのはどういった経緯なんですか?

元々は大学で建築を専攻していて、「道」をテーマに研究していたんです。人と人の繋がりだったり、街の作り方に関心があった。その後、大学院で1ヶ月間東南アジアを周遊したんです。

広場中心のヨーロッパと違って、アジアは道に張り付くように街ができていくんですよ。そこで撮った写真を見ていると、自分は屋台に興味があることに気づいて。今度は屋台だけの写真を撮りに行く旅に出たんです。

調査旅行の写真は展示もされた

屋台が保管されてたり、歩道に屋台があったりとか、どういう状況でどういう設えなのか、いやそもそも街はどういうオブジェクトでできているのか。3000枚くらい写真を撮って分析してました。すると、国によって屋台の形が違う。特にタイの屋台が面白いなと思ったんです。

タイ(バンコク)の屋台

これがタイの屋台なんですけどすごくかわいい。この屋台を作ってる工場を見つけて、2週間弟子入りさせてもらったんです。

──タイの屋台のよさは言葉にするとどういうところですかね?

「手仕事が現れている」ところですかね。鉄板を曲げていたり。日本はすごく精密で、パーツにしても規格物の種類が多く部品数も多い。それがタイだとありものを組み合わせたり、身の回りのものを工夫したりして屋台が作られる。ああ、これは面白いなと思ったんです。

台湾の屋台

これが台湾になるとちょっと工業製品っぽくなってくるんですよね。あんまり手作り感がない。タイはアルミを手で曲げるんですよね。

──タイは独特の職人さんがいるんだろうなって感じがしますね。確かに。

下寺さんが弟子入りしたタイの屋台の工場。世の中にはいろんな弟子入りがある……

 

屋台の生態系とはなにか

こういった研究で気づいたのは、街の風景の一つでもある屋台にも、下支えしているインフラがあること。屋台を製造している工場だけではなく、屋台そのものを販売したり、買い取りしたり、壊れた時にメンテナンスしたりといったインフラがあります。

これを「屋台の生態系」って言ってるんですけど。この生態系をリサーチしなければならないと思ったんです。

──生態系! 屋台がオオサンショウウオとかの生き物みたいな感じになってきましたね。

こちらはベトナムの屋台。屋台を売買している

昔、日本にはたくさん屋台がありました。でもそれは都市が発展したことでなくなっていったんです。その生態系をもう一度今の日本の都市空間の中に作り出すには、生態系のリサーチが必要だと思ったんですね。

──ほんとに野生生物みたいな話だ。

こういう昔の屋台は、もういつなくなってもおかしくないものなんです。そこで、現代に残る屋台文化を記録し、そこから今の社会や街のあり方を考えていくために、「屋台リサーチプロジェクト」という活動を始めました。

2021年に、僕だけではなく建築リサーチャーとカメラマン(※)で、福岡・博多の屋台を調べるところから始まりました。

※現在は地域研究者含め4人(下寺孝典、藏薗悠介、兒玉真太郎、中谷利明)体制

屋台リサーチプロジェクト制作のペーパー

なぜ福岡には100軒もの屋台が残ってるのか?と調べたんですが……当時は新型コロナの影響で屋台が2軒ぐらいしか出てなかったんです(笑)。路上に何も出てない。

──すごい出だし(笑)。よくスタートにカウントしましたね。

でもそこで気づいたんですが、この写真。

福岡の点字ブロックのあと(撮影:中谷利明 提供:屋台リサーチプロジェクト)

点字ブロックがくねくねしてるんですよね。普通は道路の真ん中を走ってるのに、避けられていってる。ここに屋台が出るんですね。

──すごい! 屋台がないことによって「ここにあった」が見えてきたんですね。

つまり福岡は都市ができる前から屋台が存在していたのではないか、という仮説が立つ。福岡の町は屋台がベースにあるんだというのはリサーチで気づいたことです。その後、展覧会を企画し、展示としてまとめました。

福岡のインフラや屋台を再現。(撮影:増田好郎)

福岡は屋台のインフラが整えられてて。水とか、電気、下水とか、あとは屋台を引っ張ってくれる引き屋さんという職能があって、そして屋台を作ってる職人がいる。それが福岡の屋台をめぐる生態系なんです。だから福岡では屋台が今でも残ってる。

──いい生態系がないと屋台が生息できない。だんだん生き物に見えてきました(笑)。

下寺さんの福岡アジア美術館展示「動く屋根の下で」

その後2023年に福岡のアジア美術館で展示をやることになります。「屋台とはなんだろうか?」のひとつの答えとして「動く屋根」だと考えて、アジアの色んな国の屋根だけを作ったんです。屋台は屋根に特徴が現れるのではないかと。

この屋根の下で、おでんを振る舞ったり、ラジオをしたり……いろんな活動をしました。

──へえ~、屋根か。意識してなかったですが、屋根がありますね。

この時に福岡の屋台も調べました。福岡の屋台はほぼ1人の職人さん、赤城さんが作っていたことがわかります。

福岡の屋台制作職人赤城さんと制作

赤城さんはもう84歳でいまは屋台を作ってないんですが、記録に残さないと作れなくなっちゃうんですね。この赤城さんに弟子入りして、赤城式屋台の特徴でもある屋根を一緒に作らせてもらいました。

──絶滅の恐れのある屋台文化の保全ですね。福岡の屋台は先ほどのアジアの写真とだいぶ違いますね。

赤城さんと制作した屋台の屋根

福岡はアジアの屋台と比べるとやっぱり大きいんですよね。他の国はモバイルでコンパクトなんですけど、福岡の場合は、居酒屋的に10人ぐらい屋根の下に座れてっていう感じなので、屋根がすごく大きい。

──となると他の日本の屋台もどうなってるのか気になりますね。

下寺さんらがまとめた冊子『屋台探訪 西日本編』

 

3時間かけて設置する高知の屋台

その後、西日本にリサーチに行きます。2023年に行きましたが、翌年、高知の屋台は公有地で営業していた屋台はなくなってしまいました。

高知の屋台って、西日本で見てきた中でも最大級なんです。毎日、設営と撤収に3時間くらいかけていて、もう建物に近いくらいの規模なんですよね。

──え~!? 毎日3時間!?

そういう屋台が街の中にあったんですが、公共空間の使われ方が変わっていく中で、今はなくなってしまいました。

高知市の屋台(撮影:中谷利明 提供:屋台リサーチプロジェクト)

──すご、これ。ブルーシートが屋根ですか? これで常設じゃないんだ。

そうですね。本体の屋台から物干し竿を使ってさらに延長させて、日よけをせり出しているんです。

お客さんが座るための客席をつくるために、これだけ屋根を広げている。もう、屋台というより、営業するために毎日その場で組み立てる仮設建築ですよね。この屋根も毎日片付けないといけないんですよね。

横付け自転車(撮影:中谷利明 提供:屋台リサーチプロジェクト)

──香川県の横付け自転車がありますね。お母さんたちが自転車を使って魚を行商する「いただきさん」。私も取材で行ったことがありまして。

前田さんという職人さんのお父さんが昔、横付け自転車を開発されたんですよね。昔は400人ぐらいいただきさんがおられたそうですが、僕が行った時はもうすでに1人、2人になっていました。その後どうなったのかは、僕もまだ追えていないんです。

20日間に及ぶ周遊マップ

──福岡が100軒以上というのは飛び抜けてますね。

これだけ至るところに屋台があるのは、福岡ぐらいですね。僕の出身でもあるんですが、広島の呉も比較的多くて、10数軒あります。こちらも行政が認めて屋台営業を行っているんです。福岡とはまた違った形で、屋台を公共空間の中に位置づけているのが面白いところだと思います。

呉の屋台群(撮影:中谷利明/提供:屋台リサーチプロジェクト)

──へえ、呉も。東日本にも屋台はあるわけですよね。雪があるからないのかな?

東日本にももちろんあります。文献によると、青森には昔屋台があったとか、今も仙台に1件だけあるとかないとか。

──結局、どこに屋台があると言えるんですかね?

都市に屋台があったのかなと。やっぱり屋台って、人が集まる場所に出てくるんです。そもそも商売道具なので、人が集まるところ、つまり「売れやすい場所」に出てくるんですよね。

じゃあ、昔、人が集まる場所ってどこだったんだろうと考えたときに、今とは違って、流通の主役のひとつは船だった。だったら、港のある町には屋台が多いんじゃないか、という仮説を立てて、西日本を調べていったんです。

──なるほど、屋台は昔からの文化。今でも残るのは昔栄えた町で、それは港のある場所だと。

実際、僕の出身の呉も海沿いの町ですし、長崎も造船の町。高知や福岡、山口にも屋台の文化が残っています。

もちろん、港があるから屋台が生まれた、と単純には言えないんですが、屋台が残っている町を見ていくと、港湾施設があったり、人が行き交う場所だったり、人と人との距離が近い場所だったりする。

さらに戦後まで遡ると、闇市や引き揚げとも関係してくる。例えば福岡では、終戦直後に引揚者や失業者が市場などで移動飲食店を始めたことが、現在の屋台につながっているとされています。

 

均質化していく現代の屋台

──各地域の違いはどこから生まれるんですかね?

作る人がまず大きいですよね。この大工さんに頼むとかがありますから。福岡だと赤城さんの前には緒方さんという職人さんがいて、50~60年前の緒方さんの屋台が2件だけ福岡に残ってるんですよ。街の風景を一人の職人が作ってきたということでもありますよね。

福岡の屋台(撮影:中谷利明 提供:屋台リサーチプロジェクト)

──福岡の屋台は変わらず赤城さんの屋台ばっかりなんですかね?

2013年に屋台基本条例ができて、新規参入の仕組みができてから、かなり変わってきました。

昔から続いている屋台は、現在も原則一代限りというルールがあります。親から子への継承は一定の条件で認められていますが、孫の代まで継ぐことはできません。一方で、福岡市は屋台を観光資源や地域の魅力として捉え、新たな担い手を公募する仕組みをつくったんです。

それによって新しく参入する人が増えて、今では、赤城さんのような職人の手による昔ながらの屋台だけでなく、建築家やデザイナーがつくった屋台、DIY的につくられたものなど、いろいろな屋台が生まれています。

つまり、屋台そのもののあり方や、つくられ方が多様になってきたんだと思います。

──新しい赤城さんが出てくるわけじゃないんだ。多様化するんだ。

そうですね。屋台も都市と同じような変化をしているんじゃないかと思っています。

都市も、特に地方では、開発によって似たような洗練された景観になっていくことがありますよね。屋台も、新しい担い手が入ってくることで、デザインや使われ方が少しずつ変化している。

昔ながらの屋台が残りながら、そこに新しい表現や考え方が加わっていく。

──そうか~、「北欧デザインみたいでステキ」とか思ったとしても、それ都市内では多様化でも、世界的には均質化ですよね。つまらなくなっていくのかな~。ところで屋台村とか、屋台風フードコートとかもありますよね。

屋台風の店舗もあったりして、そこもまた定義が難しいんですよね。屋台って、本来、路上に出るもの、公共に出るものなんですが、今はどちらかというと私有地。取り締まりも多いので、私有地から町にアクションすることが増えてきてるんですね。

──近年の公共スペースや公園にありがちな「管理された自由さ」ですね。ところでキッチンカーは屋台に入ります?

キッチンカーは現代の屋台と言えるかもしれないですけど、個人的には興味が少ないんです。調理設備を車の荷台にまとめて、どこにでも移動できる。食品衛生や営業の効率を考えてもすごく合理的な仕組みだと思います。

ただ、その分、どうしても「箱」という感じが強くなる。調理する人とお客さんの目線も少し高くなっている。

──目線か~。

一方で屋台は、人の目線に近い。座っている人と立っている人の距離も近いし、店主とお客さんの身体的な距離も近い。僕は、その近さに屋台の面白さがあると思っています。

 

屋台とは一つの舞台であること

──ドラマで刑事さんとかが同僚とお酒飲むような場面とかでも、屋台のおじさんと同じ目線でっていうのはありそうですね。あれがキッチンカーだと……風情がない。目線が重要だったんですね。

目線と、あと舞台であること。店主がキッチンに立って特別な空間を作る。そういう一つの舞台でもあるのが屋台なんじゃないでしょうか。

周南市の屋台(撮影:中谷利明 提供:屋台リサーチプロジェクト)

スペースがすごく限られてるのが屋台です。人と人の距離感がすごく近くなる。福岡だと10人ぐらいがカウンターに向かって座ると、隣の人と自然と仲良くなっていく。それは距離もあるでしょうし、大将の振る舞いもあると思うんです。

そして特別なのはやっぱり外にあること。普段そこにない店が今、現れてる。そこで飲み食いする。「一時的にそれが現れて、その場所を占有できる特別感」みたいなものが屋台の魅力とも言えますね。

──そうですね、外で飲む楽しさ。屋台とは外の空間の占有でもあるか~。

下寺さん自身が出店するための屋台

──現在、どの土地にも屋台は生まれる可能性があるんでしょうか?

ありますが、飲食のハードルとして保健所の許可が最も大変です。市区町村によってルールが違うのと、屋台設備に関して消防側からもいろいろあって。許可が得られるようなものを作ってやる体力はなかなかないので飲食のハードルはやっぱり高くて、飲食以外や品目を絞った屋台が増えてます。

──屋台がばんばん増えたらいいですよね。ないよりやった方が面白いですもんね。

実際に外に出て営業したそうだ

自分でも露店を出してるんです。保健所に申請して営業できるような露店を作りました。私有地でしたが、これが路上となると動き続けないといけない。立ち止まってずっと営業し続けると苦情が入ったりして警察が来ますね。

──飲食店って同業からの苦情や通報が多いらしいですね。

今、残っている屋台には、残ってきた理由があるんですよね。やっぱり、地域の人たちに愛されている。

地域によっては、屋台には水道などのインフラが整っていないところもあります。でも、近隣のお店から水を汲ませてもらったり、電気を借りたりしている。そうやって、まちの人たちの協力を得ながら、自分たちで営業に必要な環境をつくっているんです。

──うわ~、気を遣うなあ。

そこが、公共空間でやることの面白さだと思っています。行政がすべてを整備するのではなく、市民がまちをどう使いこなしていくか。そこに屋台の価値がある

そういう意味では、屋台って「共助によって成り立つ小さなインフラ」でもあると思っています。

──なるほど、屋台がポツンと一つあるだけでも、それを支えるインフラもコミュニティもあると。

だから、これから屋台を増やしていくことを考えたときに、いきなり路上に屋台を出すのは難しいとしても、まずは私有地などに水や電気といったインフラを整えて、そこで屋台を使ってみる。そこから少しずつ公共空間へ出ていく、という方法もあるんじゃないかと思っています。

実際に京都では、駐輪場の一角を使って、週末にコーヒーを振る舞いたいという人のために、屋台をつくったりもしました。

京都で出した屋台

屋台がまちの中で使われる環境まで一緒につくっていく。そういうことも、これからやっていきたいと思っています。

──だんだん屋台が生き物に見えてきました。ありがとうございました~!

『ロウエ』内にある下寺さんの自作ラックはやはりタイヤ付き

 


みんな適当にお店を出し始めたらおもしろいのにな、と思うことがあります。屋台なら、と思いますが、通報が入ったり法律が厳しかったり、なかなか難しそうですね。

これは厳格になっていく社会を反映していったものでもありますよね。

でももっとみんな屋台を出したらいいのに。そんなことをインタビュー後にも話してました。

厳しくなっていく社会を乗り越えていくのは屋台を引っ張る人の思い切りですよね。屋台を引くか、もしくは引いた人に拍手を送るかをしていきたいものです。

編集:友光だんご