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親の介護でも兄弟みんな仕事は辞めない。働きながら父のケアを両立するため決めたこと

親の介護でも兄弟みんな仕事は辞めない。働きながら父のケアを両立するため決めたこと

ライフステージの変化に伴って自分の働き方や生活を見直さなければならないタイミングはたびたびあり、親の介護もその一つでしょう。

会社員のいちこさんは、2025年夏に母を亡くして以降、父を介護するために4人のきょうだいで分担しながら実家に通う日々が始まったといいます。

きょうだいそれぞれが仕事を抱えながら互いに納得のいく役割分担をするために、どのように話し合ってきたのか、これまでを振り返りながらつづっていただきました。

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母が亡くなり、突然始まった「父の介護」

💡POINT
  • 要介護になった父。当初は介護の仕事をしていた母がケア
  • その母が突然亡くなり、バラバラに暮らすきょうだい4人での父の介護が始まる
  • それぞれの家庭や勤務の事情をふまえ父の介護を分担


父が「要介護」になったきっかけは、2024年の年の瀬に脳梗塞で倒れ、体の右側に麻痺が残ったことでした。

退院後の父はしばらくリハビリ施設で生活し、その間にかつて介護の仕事をしていた母が主体となって、介護認定の手続きや実家のバリアフリー化などの準備を率先して進めてくれました。

父がリハビリ施設を卒業し、自宅での生活を始めたのは2025年4月のこと。そして、そこからわずか3カ月後の2025年夏、母が心疾患で亡くなり、きょうだい4人による「全員働きながらの父の介護」がスタートしたのです。

父は現在78歳。利き手側の半身麻痺があり生活に困難が伴う状況ではあるものの、足に装具を付け、杖をつきながらゆっくり歩行したり、左手で食事をしたりといった動作はかなり上達してきました。

現在は週に4日デイサービスに通い、1日は訪問介護を受けるようなルーティンで生活しています。

そんな中、私たちきょうだいはそれぞれ以下のような形で、父の介護に関わっています。

4人きょうだいの構成と現在の分担

実家では次男が父と同居しており、日々の朝食の見守り、デイサービスへの送り出しなどを中心に担当。夕方には近所に住んでいる次女も実家に顔を出し、デイサービスから帰ってきた父の出迎えや、片付けをしてくれています。

一方で実家から1時間ほどの場所に住む私(長女)と長男は、仕事のある平日の訪問が難しいので、父が在宅する週末の家事や、次男・次女が動けないとき代わりに稼働するなどの役割を担当しています。

ケアマネの助言で、介護が始まっても「仕事は辞めない」と決めた

💡POINT
  • 父の介護、母の急逝で最初はきょうだいみんな混乱していた
  • ケアマネの「仕事は辞めないで」という助言が指針に
  • 外部のサポートにも頼り、仕事を辞めたり休んだりしないと決めた


4人ともがそれぞれ働きながら父の介護に関わっていますが、現在のような状態に落ち着くまでには紆余曲折がありました。

特に母が亡くなったばかりの頃は、皆混乱していたと思います。

葬儀の直後、父は先手を打つかのように「老人ホームには絶対に入らないから」と宣言。それを受けて、私たちは(在宅介護をするためには)「生活をどの程度変えなくてはいけないのか」「仕事は続けられるのか」「お金はどのくらい必要か?」といった不安に襲われていました。

さらには葬儀で久しぶりに会った母方の親戚からも介護についての横槍が入り、今思い返すとかなり動揺していたなと思います。

ケアマネの助言で、介護が始まっても「仕事は辞めない」と決めた

ただ幸いなことに、母のおかげで、父にはすでに担当のケアマネさんがいました。

そのケアマネさんは、葬儀から数日後の初めての顔合わせの際にまず「皆さん(子どもたち)には皆さんの人生があるんですから、仕事は辞めないでくださいね」と言ってくれました。

そして、介護保険で受けられるサポートが思った以上にあることを教えてもらい、私たちはひとまず「仕事は辞めない」「有休も(介護には)使わない」ということを目標にしました。

働きながら、父の生活をどのようにサポートするのか

💡POINT
  • 見守りカメラを使い、遠隔でも父の様子をきょうだい間でチェック
  • 食事は「外部サービス」と「家で作る食事」をうまく組み合わせる
  • 細かい工夫で「父が自分でできること」も増やせた


4人で「どうやって力を合わせていけばいいか」という相談を始めるにあたり、まずは父の生活を観察し、サポートが必要なポイントを洗い出しました。

父の場合、主な課題は「転倒対策(特に玄関の上り下り)」と「食事の準備」の2つだったので、以下のような方法を取り入れることに。

1:見守りカメラの活用

まず転倒対策については「見守りカメラ」を活用することにしました。

玄関と父が生活している部屋に設置し、玄関の上り下りが発生するデイサービスの行き帰りなどのタイミングで、誰かしらがカメラを確認するようにしています。

もちろん仕事中で手が離せないこともありますが、短時間でもカメラを見て「出発したね」「帰ってきたね」などLINEグループに「見ているよ」というメッセージを残すように皆が心がけています。加えて、時短勤務の妹が夕方実家に顔を出して様子を見てくれています。

2:食事は「いかに準備の負担を減らすか」を重視

食事については、朝は同居の弟がサポートし、平日の昼はデイサービスの食事を、平日の夜は宅配冷凍弁当を利用しています。

当初は自分でレンジを使って解凍することができない父のために、妹が顔を出したタイミングでレンジにかけてくれていました。その後、片手でも使いやすいレンジに買い換えて父が使いやすい位置に設置するなどの工夫で、現在は父が自ら好きな時に解凍して食べられるように。サポートの負担が減りました。

そして、週末1日は私が訪問して料理をする、といった形で回しています。

3:身体的なケアは外部を頼りつつ、父との折り合いを探る

そのほか、特に身体的な介助が必要になる部分(入浴など)については、できる限り外部サービスを頼るようにしています。

一方で、今後何らかの事情により、きょうだいでこれらのサポートができなくなった場合にどうするかは、引き続き考える必要があると思っています。

以前、何かあった時のためにと、嫌がる父にやっとの思いで父にショートステイ利用の説得をして「お試し利用」に臨んだことがありました。しかし帰宅したら「二度と行かない」と言い出し、きょうだい皆の心が折れそうになってしまったのです。

ただ、現在では「ショートステイに行かなくても良いように」ということが父にとっては自分でできることを増やすモチベーションにもなっている様子。こちらも頑固にならずに、うまく折り合いをつけることが必要だなと感じています。

介護ではなく「実家プロジェクト」と考えて取り組む

💡POINT
  • 「家族だから助けて当たり前」という考えを強いられたくない
  • 介護の問題を「プロジェクト」と考え、仕事の要領で取り組むことを提案
  • 実家で同居する次男には特に負担が偏らないようケア


私自身、実家を出て15年以上たっているので、今のような「家族にコミットする」生活に当初はかなりの違和感がありました。それまでも月に1度くらいは父と会っていましたが、ただ会うのとお互いの生活を共有するのとでは大違いです。

そして、きょうだい全員が少なからず生活を変える必要があるという時に「家族だから」という曖昧な言葉をモチベーションにするのは、正直なところ難しいと感じていました。

困った時に助け合える関係であるのはいいことだけど、それを「家族だから当たり前」のこととされたくない。それなのに、やってもらって当たり前という父の態度に、腹の立つこともたくさんありました。

そこで、私からきょうだいに提案したのは「父の介護」というよりも「実家というプロジェクトを運営するつもりでやってみよう」ということでした。

これまで、きょうだい間で仕事の話をしたことはほとんどありませんでしたが、それぞれ長く働いてきている中年であるため、この「チームで仕事をする感覚」は、なかなかうまく共有できた気がします。

例えば、円滑なプロジェクト運営のためには、まめな報告、連絡、相談が重要です。

私たちきょうだいは昔からそれなりに仲が良く、もともと、きょうだいだけのLINEグループがありました。

介護ではなく「実家プロジェクト」と考えて取り組む

現在はそのLINEグループをフル活用して、父の体調や予定はもちろん、母の相続関連の手続きについてや実家のゴミ出し、生活用品のストックの購入などの家事に至るまで、密に連絡を取り合っています。

そうして、できる限り誰か一人に負担が偏らないよう、特に、実家に暮らしている下の弟(次男)が一人で背負い込み過ぎないように心がけています。

例えば私はもう実家に住んでいませんが、実家の家事をするときは「手伝っている」ではなく「自分の分担の仕事をしている」という態度でやるようにしています。それは父の介護とも関連する「実家プロジェクト」に含まれることだからです。

また週末訪問する際は、弟が自分の時間を持てるよう「出かけていいんだからね」という声がけをするようにしていました。最近では弟も週末に自分の用事を入れるようになってきたので、少しホッとしています。

介護が始まった当初は上の弟(長男)が海外赴任中だったため、きょうだいのうち3人で開始した「プロジェクト実家」でしたが、今年になって彼が帰国し、4人体制となりました。

しかしせっかちな私と妹、真面目な下の弟に対して上の弟はマイペースなので、最初はLINEグループでもほぼ発言がなく、どこか乗り切れない感じに。

そこで、先日のきょうだい間ミーティングの際に「プロジェクトなので報連相はお願いしたい」という話をしたところ、最近はLINEを確認したタイミングで、コメントやスタンプを送ってくるようになりました。人って大人になっても変われるものなんだな、と思った出来事です。

「介護する側」のケアも忘れないよう、この先も関わっていく

💡POINT
  • 介護される側だけでなく、介護する側も同様に守られるべき
  • かつて母に任せてしまった後悔を抱えて、父の介護と向き合っていく


「介護」といっても、どのようなケアが必要なのかはそれぞれです。家族の状況などによって困難は千差万別であり、一般化できるような話ではないと思います。

ただ、この生活が始まってみて私が思うのは、ケアされる側に「必要なケアを受ける権利」があるように、ケアする側も守られるべきだな、ということです。

「介護する側」のケアも忘れないよう、この先も関わっていく

そういう意味で私には、母一人を「父の介護」に立ち向かわせてしまっていた、という反省があります。実家に顔を出してはいたけれど、それは自分ごととして関わる態度ではなかったからです。

そのことは悔やんでも悔やみきれないのですが、その後悔を共有しながら、今きょうだい4人が協力して実家を切り盛りしているこの状況については、きっと母も喜んでくれるんじゃないかと思っています。

これがいつまで続くのかは分かりませんし、状況は今後も変わっていくでしょう。

全員が中年なので、自分たちの老後のことだって考えなくてはなりません。ただ、人生の中でこうしてきょうだいが協力し合う時期を持てることは、きっと良いことなんじゃないかなとも思っています。

編集:はてな編集部

著者:いちこ

いちこ

会社員として働きつつ、はてなで20年以上日記を書き続けています。ポテトチップスのファン活動もしています。
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