
全国各地にある、土地に根付いた本屋さんは、きっと街の「いい楽しみ方」を知っているはず。そこで、全国の本屋さんに「この土地で読むのにぴったりの本」と「買った本を携えて訪れるのにぴったりの場所」を教えてもらった。

今回おすすめスポットを教えていただいたのは、岩手県遠野市にある「河童ブックス」の富川岳さん。
『遠野物語』に関連する古書を中心に、土地にまつわる雑貨やお土産なども扱う、遠野を存分に楽しめる書店だ。
カッパとビールがアツイ遠野

画像提供:(一社)遠野市観光協会
岩手県遠野市。柳田國男の『遠野物語』の舞台として知っている方も多いのではないだろうか。
『遠野物語』にも登場するカッパ伝説になぞらえ、遠野市観光協会が「カッパ捕獲許可証」も発行していることもあり、カッパを探しに遠野を訪れる観光客も多い。
また、ビールをつくるためには欠かせない、ホップの名産地でもある遠野。近年では「『ホップの里』から『ビールの里』へ」を合言葉に、遠野ホップを活用した町おこしが行われていたり、新しいブルワリーが誕生したりしている。
2025年に開業した「Good Hops」は、ホップを栽培する段階から自ら行っているブルワリーだ。醸造責任者の村上敦司さんは、キリンビールで長年ホップの品種改良やビールの商品開発に携わっていた、富川さん曰く「ガチのホップ博士」。村上さんをはじめとする醸造チームでアイデアを出しあい、ラガービール「遠野の息吹」など、遠野のホップをふんだんに使ったビールを販売している。
遠野は馬事文化がいまも根付き、人と馬が共に暮らす街としても有名だ。荒川高原牧場は、100頭もの馬を放牧しており、その美しい風景は国の「重要文化的景観」にも選定されている。
そんな文化豊かな遠野で「河童ブックス」をオープンした富川さん。『遠野物語』の研究者としても活動し、自費出版で『本当にはじめての遠野物語』を刊行するなど、遠野の魅力を広く発信している。
富川さんは、遠野の街がここ数年で盛り上がりを見せていると話す。
「遠野は、決してアクセスがいい土地ではないにもかかわらず、コロナ禍以降、観光客数がじわじわと増えています。特にここ5〜10年の遠野は、いろいろなコンテンツがそれぞれ魅力的に輝いてきている。それは、行政の力はもちろんのこと、地域の企業や個人の力も大きいと思っています。遠野の人たちって、厳しい環境で自生している山菜みたい。それぞれがメキメキと力をつけて、みんなで遠野を盛り上げているんです」
遠野の古本屋

2026年4月にオープンしたばかりの「河童ブックス」。95 %が古書、新刊が5%、その他、雑貨やお土産などもあり、眺めているだけでも楽しい書店だ。
なかでもやはり多いのが『遠野物語』に関する本。初級・中級・上級編のコーナーを分けるなど、訪れた人が各々のペースで『遠野物語』のことを知ることができる工夫がなされている。
2016年に遠野に移住し、現在は『遠野物語』の研究者としても活動する富川さん。研究の資料を集めるなかで『遠野物語』にまつわるたくさんの古書に出会い、それらにはネットで調べるだけでは得られない情報やおもしろさが溢れていると気が付いた。
「50年前にも自分と似たような考え方の人がいたんだ、とか。時代を超えた友人に出会うような魅力が古書にはあるのだと気づきました」
河童ブックスをオープンする前から、家庭で捨てられそうになっている『遠野物語』関連の古本を譲り受けることが何度もあったという富川さん。その中には貴重な本も多かった。
「これは、いっそ古本屋をやってしまったほうが、遠野に関する本が集まるなと思ったんです」
そんな経緯でオープンした河童ブックス。今後、遠野に訪れた観光客や、遠野物語に触れたい人にとっての窓口的な存在になっていくことだろう。
河童ブックス富川さんが教えてくれた、遠野のおすすめスポット
遠野市立博物館

河童ブックスから徒歩6分、遠野駅からも8分と、アクセスがよい「遠野市立博物館」。多くの民俗資料や映像、ジオラマを通じて『遠野物語』の世界に浸ることができる。
「遠野市立博物館のすごいところは、地方の博物館にもかかわらず、Xのフォロワー数が6万人もいるんですよ。企画展示もおもしろく、毎回バズっているイメージがあります。数年前の『遠野物語と呪術』はすさまじい人気で、図録が完売するほどだったそうです」
いま開催中の特別展は『遠野物語とオシラサマ』。オシラサマとは、東北地方を中心に信仰されてきた二体一対のご神体のこと。『遠野物語』にも登場する他、各地で様々な言い伝えが残っている。そんなユニークな展示が、オカルトファン含め多様な層に話題になった。
「前情報がいっさいなくても楽しめるので、遠野に着いたらまず訪れてみるのもいいんじゃないでしょうか」
遠野市立博物館
岩手県遠野市東舘町3-9
https://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/48,25002,166,html
https://x.com/tonomuseum
紙風船

こちらも遠野駅から歩いて5分、遠野ショッピングセンターとぴあのフードコート内にある「紙風船」。

「紙風船は、遠野ではお馴染みのファストフード店。人気No.1メニューはフライドポテトで、遠野のキッズたちはみんなこの味が大好きなんです」
レトロな雰囲気が落ち着く紙風船。ハンバーガーの他にも、ラーメンやカレー、たこ焼きなど、メニューが充実していていつ来ても飽きない。
わたしはここに来るために遠野へ来ていると思う 唯一無二のフライドポテト、最高の”たこセット”、笑っちゃうほどジューシーなチキンバーガー、ホットサンドはお手本で、ミニクレープは夢のようなチョコスプレーがかかってるんだよ ここはとぴあの「紙風船」、すべての軽食のイデアがあるお店…… pic.twitter.com/T72X5rx3Yc
— くどうれいん (@0inkud0) November 23, 2024
作家のくどうれいんさんも「ここに来るために遠野に来ている」と、紙風船への愛を語っている
紙風船
岩手県遠野市新穀町1-11(遠野ショッピングセンターとぴあ内)
こども本の森 遠野

2021年7月に開館した「こども本の森 遠野」は、建築家の安藤忠雄さんが遠野市に寄贈した文化施設。120年の歴史を持つ旧呉服店を解体・再生した美しい空間で、13のテーマに沿って選書された本を読むことができる。
「選書は、ブックディレクターの幅允孝さんが代表をつとめるBACHが担当されています。写真集やアートブックも充実していて、子どもはもちろん、大人も楽しめる施設です」
こども本の森 遠野
岩手県遠野市中央通り1-16
https://kodomohonnomori-tono.com/
河童ブックス富川さんが選ぶ、おすすめ本 3選
『水木しげるの遠野物語』水木しげる

妖怪コミックの聖典誕生。遠野物語を水木氏が漫画化!
ザシキワラシ、河童、鬼……岩手県遠野市の厳しい自然の中で、人々の想像力が生み出した妖怪たちが、今動き始める!
柳田國男氏の名著『遠野物語』は、100年前のベストセラーにして日本民俗学の原点ともなった名著です。これを水木しげる氏がコミック化。格調高い文語体で書かれた原書の魅力を、水木氏ならではの想像力・描写力で完全にビジュアル化し、新たな魅力を作りあげています。(版元HPより)
「『水木しげるの遠野物語』は、『遠野物語』の入門書にぴったりの漫画です。僕も遠野に移住した時に初めて読んだのですが、水木先生の世界観が全開で、いい意味でめちゃくちゃ気味が悪いなと思いました(笑)。これからこんな場所に住むんかい、って。
河童ブックスでも、古本で入荷するとすぐに売れていく人気の本ですね」
『水木しげるの遠野物語』
水木しげる/小学館
『本当にはじめての遠野物語』富川 岳

構想7年。河童、ザシキワラシ、天狗。日本民俗学の夜明けを告げた歴史的名著『遠野物語』を、かつて10ページで挫折した著者がおくる、絶対にくじけず、楽しく深く明快に学べる、はじまりの一冊。さぁ、めくるめく物語の世界へ!
「いま手にとっていただいている『本当にはじめての遠野物語』は、そんな僕のように数ページで断念してしまった人をはじめ、なんとなく知ってるけど読んだことのなかった人、またこの先もひょっとしたら読む予定のない人にこそ、読んで欲しいと思って書いた本です。読み方のコツや楽しみ方さえわかれば、絶対に『遠野物語』は面白い本、教材になる。そう確信しています。さあ、食わず嫌いは今日でおしまい。めくるめく物語の世界をのぞき込んでみましょう。」(「はじめに」より)
「『遠野物語』をまったく知らない人でも楽しめるように意識して書いた本です。
発行から3年経って、いまだにいろいろな反応をいただくのですが、『自分自身のルーツや、故郷の風習、文化を調べてみようと思った』という感想が多くて、とても嬉しいですね。
物語が山で生まれて、里で語られて、街で広まっていくといった、地形と民話の関係性についても書いています。自分の地元はどうなんだろう、と調べてみるのも楽しいと思いますよ」
構想に7年かけたという濃い内容と、工夫を凝らしたデザインで、誰にでも読みやすい本になっている。自費出版にもかかわらず、そのおもしろさが支持を得て、3刷にして発行部数8000部になった。遠野物語や遠野という土地の入門書として、旅の合間に読んでみるのはいかがだろうか。
『本当にはじめての遠野物語』
富川 岳
『遠野怪談』小田切 大輝

柳田国男の『遠野物語』の舞台・岩手県遠野市――この地に暮らす著者が聞き集めた現代の怪奇譚集。
・観光地・伝承園内のオシラ堂で目撃された真っ黒い影の正体「伝承園」
・早地峰山付近で聞こえる謎の声。耳を貸してはならない理由とは…「雪山トレッキング」
・多くの人で賑わう市立博物館に現れる謎の子ども「博物館奇譚」
・霊験あらたかな神社が仇なす者に牙を?くとき戦慄の神罰が下る「欠ノ上稲荷のご利益」
・人ならざる霊の仕業か…日常に差し込まれた怪異を綴る八話「モンコ」
―など収録。この地には今も不可思議な怪異が息づいている…(版元HPより)
「研究者として、また、ガイドとして活動しているとよく訊かれるのが『今も遠野物語みたいな話ってあるんですか?』ということ。そういった問いに答えているのが、小田切大輝さんの『遠野怪談』なんだろうと思っています。
小田切さんが、今遠野に暮らす人たちに聞いた話を書き記していて、『こんな話が現代にあるんだ!』と驚くようなエピソードがいっぱいです」
『遠野怪談』
小田切 大輝/竹書房
遠野にはあわいの世界がある
富川さんも、遠野でなんとも説明のつかない体験をしたことがある。
「地域の拠点となる物件を探していた時のこと。築200年くらい、江戸時代からあるお屋敷みたいな古民家を不動産屋さんに紹介してもらって、みんなで見に行ったんです。
数年前までおばあちゃんがお一人で住んでいた家で、入って右側は最近まで住居として使われていた気配が感じられるけれど、左側は数十年、手付かずといった様相でした。その左側のエリアには古めかしい浴室があって、なんともなしに僕が入っていったんですよ。そうしたら、後ろから見ていた仲間が後で教えてくれたのですが、僕の片方の肩が急にガクッと下がって、それから肩を気にする仕草をしながらグルグルと肩を回しはじめたらしいんです。自分ではまったく覚えていない、というか自覚がなくて。
その後、嫌な感じがして人生で初めてお祓いをしてもらいに行きました。
周りの人たちにそういう話をしたら、なかには、塩や刃物(小さいハサミなど)を常に持ち歩いているよ、という方もいて。遠野の人って、見えない存在を自然と受け入れている感じがあるんですよね。
それ以来、僕も財布のなかに塩を入れて持ち歩いています。古物や古書をもらってきた時には、たまに家に入る前に自分に塩を振ったりだとか。そういうことをやるようにはなりましたね」
目に見えないもの、あっち側の世界、人ではないなにか。遠野に暮らす人たちの中には、そういった存在を否定せずに、ともに生きる文化が根付いている。
遠野を訪れ、その文化に触れれば、きっとほかの土地の風習や文化もいっそう興味深く感じられるだろう。

河童ブックス
岩手県遠野市新穀町2-3
https://www.instagram.com/kappa_books_tono/













































