突然「昇進」の話を持ちかけられ、戸惑っていませんか。「この先も職場で役に立ちたい気持ちはある。でも、役職に就いてまでバリバリ働きたいわけではない」――。そんな狭間で悩む人は少なくありません。
新卒入社した会社で10年間勤めてきた途中さんも、断る明確な理由がなく“流されるまま”係長に昇進。しかしその後、新たな仕事や役割、多忙な日々に追い詰められてしまいます。
働き方を見直す中で途中さんが気付いたのは「働きたくない」と「周囲の役に立ちたい」という、一見矛盾する2つの気持ちが自分の中に共存していることでした。
- “断る明確な理由”がなく、流されるまま「係長」に
- 係長になって数カ月、無力感を覚えるように
- 転職も視野に「仕事に求める条件」を見つめ直した
- 役職or仕事内容のどっちがしんどい? 「異動」して見えたこと
- 「働きたくない」と「周囲の役に立ちたい」。両方の気持ちを大切にする
“断る明確な理由”がなく、流されるまま「係長」に
- 「仕事は仕事」と割り切り、趣味を充実させたいタイプだった
- でも、入社から10年がたち「係長」に指名された
- 昇進意欲はないが「断る理由」もないため「係長」を引き受けることに
「なんで、私が係長に!?」
某予備校のCMばりの驚きを胸に抱えながら、私は係長になった。
なったというか、なってしまったという方が心情に近い。CMならうれしい驚きだが、私の場合は「本当になぜ?私が?」と絶望していた。
私は、会社を見渡せばよくいる社員のひとりだ。勤務中は真面目に働くけど、特に昇進意欲はない。「仕事は仕事」と割り切って、早く家に帰って趣味に時間を使いたいタイプ。
このままずっと、同じような働き方を続けたいと思ってきた。
しかし、入社から10年がたって、会社の状況も、中堅社員としての私の立ち位置も少しずつ変わってきた。ベテランは定年で抜け、同世代の中堅社員も相次いで転職していき、気付けば係長職のポストは常に人手不足になっていた。

その結果、以前はある程度のキャリアを重ねてからなる「係長」の役職が、30代の私に回ってきたのだ。
業務命令として「係長」に指名されたら、育児や介護など誰が見ても納得する理由がない限り、断ることはできない。
そうして私は、去年の4月に昇進した。それだけでなく部署異動の辞令も下り「役職」と「部署」という2つの大きな変化を迎えることになった。
係長になって数カ月、無力感を覚えるように
- 以前は「職場の役に立てている」自負があった
- しかし、昇進後は「自分が足を引っ張っている」と自信を失った
- 体調を崩し始め、何がつらいのかさえ分からなくなっていた
これまでの私は、自称するのもなんだが、職場で役に立っていたと思う。
誰もやりたがらない仕事を進んで引き受けたり、趣味を生かして画像をサッと作ったり、ちょっとしたPC周りのトラブルも手助けしたりしていた。自分は“常に誰かを助ける側”だという自負があったのだ。
しかし、係長になってからというもの、誰かの役に立っている手応えが全く感じられなかった。
部署を異動したため、業務内容は転職したかのように一変した。専門用語が分からずこっそり調べているような状態なのに「係長だから知っていて当然」という空気で会議が進み、次々と判断を迫られる。
周囲の社員に教えてもらいながら進めるものの、自分のせいで手を止めさせ、時間を奪っている罪悪感が膨らんでいく。慣れない業務に、少しでも追いつこうとして残業時間が増えていった。

それに加えて、部下との1on1やプロジェクトマネジメントもこなす必要があった。
これまで部下を放任気味だった会社も、世代交代とともに「マネジメントすべき」という空気に変わりつつあった。しかし研修などのサポートは追いついておらず、私自身もまともにマネジメントされた経験がないため、正解が分からない。
手探りで形だけ真似してやってみるものの、知らないものをそれっぽくやっている自分を俯瞰で見てしまい、思わず恥ずかしくなった。
思い返してみると、そもそも私は「係長」という存在が好きではなかった。何をやっているか分からないし、何もしてくれない割に、仕事を増やしてくる。そう思っていたからこそ、自分が係長になった時には、社員の役に立ちたかった。
だが実際に係長をやってみると、今の自分にできることはほとんどない。手応えのない今の自分に向けて、1年前の自分の冷ややかな視線が突き刺さる。
自分がここにいることで、かえって仕事が滞っている気がする。
これまで築き上げてきた仕事への自信、ひいては自分自身への自信がぐんぐん削られていく。家でも仕事のことばかり考えて眠れなくなり、会議中に動悸がするなど、体調不良が現れ始めた。

仕事中はアドレナリン全開でバキバキに働き、家に帰るとソファに倒れ込んでしばらく動けない。職場と家で、激しい落差のある自分を往復する毎日だった。
つらかった。
でも、人間関係が悪いわけでも、法外な長時間残業を強いられているわけでもない。自分が甘えているだけのような気がする。そもそも何がつらいのか、自分でもよく分からなかった。
転職も視野に「仕事に求める条件」を見つめ直した
- 半年がたち「環境を変えずに解決できる問題ではない」と気付いた
- 異動希望が申請できるまでを「今後の働き方を決める期間」にした
- 自分の中に「働きたくない」「役に立ちたい」の矛盾した気持ちがあると気付いた
騙し騙し働き続け9月になった頃には、通勤電車で自然と涙が出るようになっていた。
自分なりに努力しても常に能力不足を感じる。半年間もがいてきて「努力で今すぐどうにかできる問題ではない」と、やっと思えるようになった。このまま、何も変えずに働き続けることはできない。
そう腹を括(くく)ってしまえば、話は早い。大きな人事異動のタイミングである次の4月に合わせて、自分の環境を変えることに照準を合わせた。
社内ルールから逆算すると、異動希望の申請期限は12月。残り3カ月間を「今後の働き方を決める期間」として締め切りを設け、なんとか自分を奮い立たせて動くことができた。
限られた時間の中で、私がやってみたことは3つある。

①転職経験のある友人へ相談する
漠然と「ここではないどこか」を目指して転職サイトに登録したものの、求人を見ても全く心がおどらない。そこで、まずは転職経験のある友人に話を聞いてみた。
友人のスタンスは明快だった。部屋探しをするように「年収」「通勤時間」「リモート可」など自分に合った条件で会社を絞り込み、面接を受けていったという。
友人に「条件は?」と聞かれて、すぐには答えられなかった。自分自身が仕事に何を求めているのか、何が譲れないのかが曖昧になっていた。
それが分からないから、「ここではないどこか」という幻想を追ってしまうのだと気付いた。
②大型転職フェアへ参加してみる
企業の雰囲気を掴むために「転職フェア」にも足を運んでみた。
活気ある呼びかけ、説明会に群がる人々、やる気にあふれた空気感……。会場に足を踏み入れてすぐに、圧倒された。
ここには、目的意識を持った本気(マジ)の人しかいない。完全に自分はお呼びでない。
そう悟った瞬間、大学時代の記憶が鮮明に蘇った。新卒の就活の説明会で周りの空気に呑まれ、げっそりして帰ったあの日の感覚だ。
そういえば、そもそも、私は働きたくなかった。
長く働き続けるうちに忘れていたが、私は「働きたくない」という本音にふたをして、生活のために就職したのだ。求人情報にときめかないのも当たり前だ。
③「働きたくない」を前提に、耐えられることを探す
友人の助言と転職フェアでの覚醒を経て、まず「私は働きたくない」と開き直ることにした。その上で、これからどうしていくのか、書き出して整理していった。
働きたくない。でも無収入では生活できないし、自分で稼いで、趣味にもお金を使って暮らしていきたいと思っている。だから今の自分には、仕事が必要だ。
そう割り切ると、「嫌々やらされている仕事」が「自分が生活していくために選んだ手段」へと、見え方が少し変わった。
では、そんな私が働くとして、何を基準に仕事を選んでいけばいいのか。
私にとって譲れないのは、今の生活を続けるためのお金だ。
そして次に必要なのは「誰かの役に立っている」という最低限の手応えだと気付いた。これがないと、心が折れてしまう。
「働きたくない」と心底思っているくせに、「誰かの役に立って感謝されたい」という図々しい思いも捨てきれずにいたのだ。
一方で「これだけは絶対に無理」という嫌なことも具体的に書き出してみた。長時間残業、大勢の前でのプレゼン、部下のマネジメント……。そうやって自分の「無理」を1つずつ削っていくと、仕事に対する漠然としたつらさが、具体的になっていった。
働くのがつらいのはもう諦めるとして、「このつらさなら、まあ耐えられるか」と思えるものを、ひとつずつ選んでいけばいいのかもしれないと思えた。
役職or仕事内容のどっちがしんどい? 「異動」して見えたこと
- 悩んだ末に今の会社に残り、自分の強みが生かせる部署へ異動希望を出した
- 「係長」という肩書がつらいのではなく、仕事の内容がつらかったと気付いた
悩んだ結果、私は今の会社に残り「係長の立場のまま自分の強みを活かせる部署へ異動する」という道を選んだ。
体調を崩した状態での転職は厳しそうだったし、10年この場所で働いてこれたなら、会社自体が無理なわけではないはず。給料だって多い方がうれしい。そう思ったのが現実的な理由だ。
けれど何より、一定のつらさを引き受ける必要があるなら、耐えられるつらさのなかで、少しでも役に立ちながら働ける場所を選びたかった。
だからまずは「係長」が無理なのか「部署」が無理なのかを確かめるための実験として、部署を変えてみた。
異動した今は、体調を大きく崩すこともなく、それなりに「役に立っている」手応えを持って働けている。環境を1つ変えたことで、私を追い詰めていたのは「係長」という立場そのものではなく、配属先の仕事内容の方だったのだと分かった。
「係長」という肩書のままでも、自分に合う業務であれば、折り合いをつけつつ納得してやっていける。そうやって働く自分を発見できただけでも、あのとき異動を選んで本当に良かったと思っている。

「働きたくない」と「周囲の役に立ちたい」。両方の気持ちを大切にする
- 自分の限界や本音を受け入れて、改善の糸口が見えた
- 「働きたくない」くせに「誰かの役に立ちたい」のが“私”だと気付いた
- 働き続けるコツは、両方の気持ちを受け入れバランスをとること
この1年間で痛感したのは、今の自分の限界だ。
これまで働いてきたプライドもあったから「今の自分は、環境を変えないと働き続けられない」と認めるのは、正直すごく悔しかった。
けれど、諦めて自分の限界を受け入れ、「そもそも働きたくない」という本音を思い出した時、ようやく現実が見えてきた気がする。
今回のことで、私はこれまで自分の面倒くささを無視していたことに気付いた。
「働きたくない」くせに「誰かの役に立ちたい」。家ではダラダラしているのに、職場ではつい格好をつけて頑張ってしまう。
係長を結果として引き受けたのも、「若手の女性係長がいた方が、社会にとって良いだろう」というささやかな信念があったからだ。
体調を崩したとき、周囲から「そんなに頑張らなくていいよ」と言われモヤモヤしていたのは、全く頑張らないと「役に立ちたい自分」が満たされなくなってしまうからだった。

なんて扱いにくい人間なんだ。でも、これが私なのだから仕方がない。
自分の面倒くささを受け入れて、「働きたくない自分」も「役に立ちたい自分」も、どちらの自分も手放さず、納得のいくバランスを探し続ける。
それが、私がこの社会で働き続けるための術なのだと思う。
「役職」と「部署」が変わったことで、自分のつらさと向き合い、働くことそのものを捉え直すことができた。 今でも、毎日ご機嫌に働けているとは言えない。
けれど「働きたくない」という気持ちを抱えたまま、どのつらさなら耐えられるのか、これからも試していきたいと思う。
私は今も、その実験の途中にいる。
編集:はてな編集部

