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自分の意見が言えず聞き役ばかりだった私 この10年でやっと正直に話せるようになった

自分の意見が言えず聞き役ばかりだった私 この10年でやっと正直に話せるようになった

「言いたいことが言えない」「聞き役ばかりになってしまう」など、仕事でもプライベートでも、自分の思っていることをうまく話せないと悩んでいる人は少なくないでしょう。

「りっすん」のほか、さまざまなメディアでライターとして活躍してきた生湯葉シホさんは、子どもの頃からいつも聞き役だったそう。

聞き上手な姿勢はライターとして取材をする際にも役立ちましたが、同時にそれは、仕事を続ける上での大きな壁にもなったといいます。

今回は生湯葉さんに、ライターを始めたばかりの「10年前の自分」を振り返りつつ“現在”に至るまでの自分に起きた変化についてつづっていただきました。

\「りっすん」は10周年を迎えました/


👉️10周年をお祝いしてもらいました🎉
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家の中を整理していたら、戸棚の奥から社会人1、2年目の頃に使っていた手帳が出てきた。

使い込まれたその手帳を開くと、メモ欄に走り書きされた文字が並んでいる。

「相づちは笑顔で」「メモはほどほどに」「声のトーンは極力、相手の方に合わせて」。

それらはちょうど10年前、ベンチャー企業でライターとして働き始めたばかりの自分が残したメモだった。

上司に言われるがまま、毎日違った取引先で社長や広報の方を相手にインタビューし続ける日々。取材から帰る電車の中で書いた初々し過ぎるメモを見返すと「ああ頑張ってたな」と他人事のように笑ってしまう。

私にとってこの10年は「インタビューライターという仕事を通じて『他者との向き合い方』について考え続けた道のり」だったと思う。

ここからは少しだけ、仕事と私自身についての話をしたいと思う。

ライターになりたての頃は「共感と傾聴」だけで無双できた

💡POINT
  • 家でも外でも「聞き役」になることが多かった
  • 「共感と傾聴」は就活のほか「ライター」という仕事でも役に立った


思い返せば自分は、子どもの頃から圧倒的に「聞き役」だった。

当時のわが家は、両親と祖母と私の4人暮らし。両親も祖母もとてもおしゃべりで、私はいつも全員の話に順番に相づちを打つ係だった。

家の外でも「聞き役」が自分のポジションだと思うようになった。そうするうちに「人に気持ちよくしゃべってもらうための最低限のコツ」のようなものが、自然と身に付いていった。

複数人で話すときは自分のエピソードに尺は使わず、より話したそうにしている人にボールを回すこと。相手の話を聞くときは途中で遮らず、共感の姿勢を取ること。

文字にすると笑ってしまうくらい単純だけれど、その後の就職活動などで、このシンプルなコツが思いのほか重宝がられた。

Webメディアのライターとして働き出してからは、刺激的な毎日だった。M&Aについての話を聞いた翌日に宇宙開発をテーマにしたイベントに出向き、その翌日にはおいしいトマトの育て方について農家の方に教えてもらうこともあった。

緊張しやすい自分には荷が重いと感じることも多かったけれど「共感と傾聴」という自分の特技を生かせる仕事だと、確かに感じていた。

「丁寧なインタビュアー」だけでは限界を感じるように

💡POINT
  • 「話をうまく深掘りできない」壁にぶち当たった
  • 自分より取材がうまいライターの記事を見て落ち込んだ
  • 友人からも「共感」が本心なのか分からないと言われた


けれどライターの仕事を始めて3年目に差しかかる頃、徐々にそれだけでは立ち行かなくなってきた。

その頃の私は会社を離れ、フリーランスのライターになっていた。複数の媒体でインタビューをするようになって気づいたのが「話を思うように深堀りできない」ということ。

ライターになりたての頃に任されていたビジネス系の媒体では「正確な情報を載せること」が最優先だった。しかし媒体や企画の主旨によって、優先すべきことは変わる。

あらかじめ用意した質問項目だけにとらわれず「いかにその人の内にあるエピソードを引き出すか」が重要となる場面も多い。

「丁寧なインタビュアー」だけでは限界を感じるように

忘れられないのは、ある芸能人の方を取材したときのことだ。

その方は終始とても丁寧に話をしてくださったけれど、事前に調べた以上のことはあまり聞き出せなかった。

しかしその後ある雑誌を読んでいたら、別のライターさんがその方に取材した記事があり、私が初めて知るいくつものエピソードが実に楽しそうに語られていたのだった。

その紙面を見たとき、悔しいというよりも申し訳ないと思った。

自分以外の人が聞き手だったら、もっと充実した話を聞けたはずだったのに。一度そう思い始めると、過去に取材をさせてもらったさまざまな相手に対しても、同じような後悔が湧いてきた。

考えてみれば私は、社会人3年目の時点で、幼い頃から自然と身に付けていた「共感と傾聴」スタイル以外のコミュニケーションをほとんど取ったことがなかった。

同じ頃、プライベートで相談を受けていた親しい友人から「あなたは否定しないで話を聞いてくれるからうれしいけど、本心で『分かる分かる』と言ってくれてるのか不安になる」と言われてショックを受けた。

私は本心のつもりだったけれど、それ以上に「いかに相手に気持ちよくしゃべってもらうか」にばかり心を砕いていた。そんな自分の浅はかさを、一瞬で見透かされたような気がしたのだ。

プライベートでも仕事でも、もっと正直に伝えていい

💡POINT
  • インタビューを通じて新しい価値観を知ることができた
  • コミュニケーションはもっとわがままでいいと気づいた
  • プライベートでも仕事でも前より正直に意見を言えるように


それから数年にわたり、人の話を聞く姿勢についてあらためて考えた。

私が幸運だったのは、インタビューという仕事自体が「人の価値観や仕事観の変化について聞く絶好の機会」でもあったということ。

取材で聞いた話が、そのまま自分の価値観に大きな影響を与えてくれることも多々あった。

なかでも「りっすん」でのインタビューには強い影響を受けた。

例えば、漫画家の竹内佐千子さんへのインタビュー。


著作『赤ちゃん本部長』についての話題の中で、竹内さんがおっしゃった“「あなたのことを理解していますよ」という姿勢ほど傲慢なことはない”という言葉には、心底はっとさせられた。

「分かる分かる」と相槌を打ちがちな自分のおごりを見せつけられたかのようだった。

さらに、自分ができないことや苦手なことはあらかじめ周囲に話しておくタイプだという竹内さんは、キャンプ・旅行・ホームパーティーの3つがどうしても無理で「絶対呼ばないでください」と公言しているそう。

私は「あ、それ言ってもいいんだ……!」と内心で感激した。

また別のカルチャーショックを感じたのは、タンザニア商人の経済活動について研究されている人類学者・小川さやかさんへのインタビュー。


小川さんが教えてくださった、“一貫した自己”に重きを置かず、自分の意見や主義主張も違うと思ったら柔軟に変更するというタンザニア商人たちの価値観は、自分にとって本当に新しいものだった。

さらに“日本の人は貸し借りのスパンをすごく短く捉えがち”という言葉からは、仕事においてもプライベートにおいても極力、相手に“借り”を作らないようにしようと考えてしまう自分のコミュニケーションについて、顧みずにはいられなかった。

自分の価値観の根底を揺るがしてくれるような取材の時間が、ほかにもいくつもあった。

そういった経験を重ねるうちに「もしかして、コミュニケーションって意外とわがままでいいのでは?」という実感が徐々に、けれど確かに、自分の中に湧き始めたのだ。

その結果、私は前よりも、プライベートの場で自分の話をすることにためらいがなくなってきた。

さらにはインタビューの場でも「私なら多分そう思えないんですけど(あなたは)どうしてそう思ったんですか?」というような、かつての自分であれば絶対に怖くて言えなかったようなことを、場合によっては口にするようになった。

失礼だと思われるかも、という恐怖心も始めはあった。けれどそういう言葉を返したとき、こちらをばかにしたり、いら立ったりするような人は一人もいなかった。

むしろ、こちらが取り繕わずに正直に尋ねる様子を見て、うれしそうに向き合ってくれた。

「共感と傾聴」を手放してみたら、これまでにない景色が見えた

💡POINT
  • 友人から「前より話しやすくなった」と言われた
  • 「共感と傾聴」を手放すと逆に会話が弾んだ


少し前、ある友人と8年ぶりに会ってお茶をした。彼女はカフェで私と向き合って数分話すなり「昔より話しやすくなったね」とホッとした顔を見せた。

聞けば「昔のシホさんは普段でもインタビュアーみたいだったから、実は話すたびに緊張してたんだよ」と言う。

かつての「聞き役」過ぎる姿勢が周りの人さえもうっすら緊張させていたことを知り、悪いことをしちゃったな、と思った。

かつての自分は「共感と傾聴」というメソッドを、自転車の補助輪のように思い込んでいたのだろう。それなしではつまずいて会話が成り立たなくなってしまう気がしていたけれど、実際はそれらを手放してみても、別に何も起こらなかった。

むしろ手放すことで会話により弾みがつき、それまで見えなかった景色が見えることさえあった。それは周囲から見れば本当にささいな変化だったと思うけれど、自分にとってはすごく、すごく大きな一歩だった。

「共感と傾聴」を手放してみたら、これまでにない景色が見えた

この仕事を始めてもう10年かあ、と他人事のように思う。

2016年、手帳に必死にメモを取っていた頃の自分に何か一つアドバイスができるなら「人の話をちゃんと聞こうという姿勢はえらいけど、別に全部に共感しようとする必要はないんだからね」と伝えたい。

けれど当時の自分はまだ、その言葉にあまりピンとこないだろうなとも思う。

今からさらに10年がたったとして、自分がまだインタビューの仕事を続けられているかどうかは正直分からない。けれど少なくともこれからの10年、私は友人たちにもっと、自分の話をしていきたいなと思っている。

私も実は家族の誰にも負けないくらいおしゃべりなのだけれど、それをまだ知らない友人も、きっといるはずだと思うから。

\「りっすん」は10周年を迎えました/


👉️10周年をお祝いしてもらいました🎉

編集:はてな編集部

著者:生湯葉シホ

生湯葉シホさん

フリーランスのライター・編集者として、主にネットでしこしこと文章を書いたり削ったりしています。酒、亀、ポルノグラフィティ、現代文学・短歌などが好きです。
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