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休職からの復帰が不安だった私を支えたのは、絵を描くことで生まれた「自分の居場所」だった

休職からの復帰が不安だった私を支えたのは、絵を描くことで生まれた「自分の居場所」だった

メンタルの不調で休職すると、ある程度回復しても「ちゃんと復職できるのだろうか」「また体調を崩さないか」など、仕事復帰に向けた不安が尽きないもの。

会社員として働きながら旅やバイクをテーマにエッセイマンガを描く里中はるかさんは、新卒入社から間もない頃、過労によりメンタルの調子を崩して2年の休職を経験しました。現在は仕事内容や働くペースを調整しながら、仕事と個人の活動を両立しています。

心の不調には波があり、復職から10年以上がたった今も、決して不安と無縁になったわけではないといいます。そんな中で、自分と向き合いながら働き続けるために大切にしていることについて伺いました。

お話を伺った方:里中はるかさん

里中はるかさん

1988年生まれ。旅・バイク・お絵描きを愛する会社員。メンタル不調で2年の休職後、心理学を学ぶために大学編入。卒業後、北インド・ラダックをバイクで旅し、帰国後に同人誌制作を経て初の単行本『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る』(KADOKAWA)を刊行。愛車はBMW F800GS。
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はじめは「休職する自分」のことを受け入れられなかった

はじめは「休職する自分」のことを受け入れられなかった

💡POINT
  • 新卒で憧れの会社に入ったものの、ハードワークでダウンし2年間の休職
  • 趣味の時間を楽しんだり、実家で過ごしたり「仕事以外の世界」に触れた
  • 休んだことで「誰かに評価されるためではない自分」と向き合えた
まずは、はるかさんのいまの働き方について、簡単に教えてください。

里中はるかさん(以下、はるか):会社員としてフルタイムで働き、若手社員向けの研修や、社内のメンタルヘルスに関わるチームでの仕事に携わっています。自分自身が心の不調と向き合ってきた経験があるので、それを仕事でも生かしたいなと。

マンガやイラストについては以前ほど制作の時間を取れていませんが、これまでに出した書籍のプロモーションなどは継続しています。自分にとってのライフワークに近い位置づけとして、変わらず大切にしています。

ライダーの聖地・インドのラダックでのバイク旅についてつづったコミックエッセイ
▶『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』(KADOKAWA)

はるかさんは現在の会社に新卒で入社後まもなく、2年間の休職を経験したそうですね。当時はどんな心境だったのでしょうか?

はるか:正直に言うと、当時は「メンタル不調の自分」を受け入れることがとても難しかったです。

私はもともと周囲の目を気にする性格で、かつ就職留年を経て憧れの会社に入社したこともあって「評価されるようにがんばらなければ」という思いが人一倍強かったんだと思います。休むこと自体に、かなりの抵抗がありました。

でも、体は明らかに限界を迎えていて。過労と睡眠不足が続いて頭がうまく回らず、会社の医務室で寝ていることもたびたびありました。

ある時、そんな状態を見かねた医務室の看護師さんが、私の上司に連絡を入れてくれたんです。結果として、休職は自分の意思で決断したというよりもドクターストップがかかった形に近いものでした。

今振り返ると、第三者がブレーキをかけてくれたことは本当に大きかったと思います。ただそれでも当初は「休職する自分」をどう受け止めていいのか分からず、早く復帰しなければと思っていました。

「強制的に休む」時間を設けたことで、ご自身の中でどんな変化がありましたか?

はるか:いちばん大きかったのは「ゆっくりする時間が、こんなにも大事だったんだ」と実感できたことだと思います。

もともと短期間で復職するつもりでしたが、医師からの指導もあり腰を据えて休むことにしたんです。

最初はとにかく寝て、心身が少し回復して余裕が出てきた頃にこれまで「好きだったけれど、できなかったこと」に少しずつ手を伸ばせるようになりました。

マンガをたくさん読んだり、映画を見たり、似顔絵教室に通ったり、主治医にも相談してバイクの運転免許を取ったり……本当にいろいろなことを試してみたんです。昔、マンガ家になりたいと思っていたこともあって、友人を誘ってマンガ制作にも挑戦しました。

あとは実家で過ごすことも多く、犬の散歩をしたり、母と何気ないおしゃべりをしたり、今抱えている不安をぽつぽつと話したりしていました。実家にいた時はそれぞれ受験や介護で忙しかったので、ゆっくり親との時間を持てたのがとても久しぶりだったんです。今思うと本当に貴重な時間でした。

そうした時間を通して感じたのは「自分の世界が一つしかないと、人は折れやすい」ということです。

もちろん、社会から置いていかれるような不安がなかったわけではありません。でも、会社で評価される自分や、社会の中で役に立つ自分といった軸だけで生きていると、そこが崩れたときに立っていられなくなる。

休職中は、競争からいったん離れて「誰かに評価されるためではない自分」と向き合う時間だった気がします。

こういう時間は、きっと誰しも人生のどこかで必要になるタイミングがあるんじゃないかなと。私にとっては、それが休職という形で強制的に訪れたのかもしれません。

仕事復帰への不安は大きかったけれど「絵を描くこと」が心の支えに

仕事復帰への不安は大きかったけれど「絵を描くこと」が心の支えに

💡POINT
  • マンガ制作やOG訪問で自信が持て復職へ踏み出すきっかけに
  • 復職後は慣れない仕事に焦りもあったが「好きなこと」に支えられた
  • 「人に喜んでもらえている」という実感が大きな力になる
2年の休職を経て復職を決めたきっかけは何でしたか?

はるか:直接的なきっかけは、ドクターストップが解除されたことでした。主治医が異動で変わり、新しい先生に診てもらうようになってから治療方針も「少しずつチャレンジしてみよう」という方向に変わって。

とはいえ「よし、働こう」とすぐに勇気が出たわけではありませんが、休職中は、少しずつ気持ちが変化していたので「そろそろ社会復帰しよう」と思えるようになりました。

どう変化したんですか?

はるか:例えば、休職中に友人と描いたマンガを3本ほど投稿したんです。ついつい「私は何もできていない」と思いがちだけど、振り返ってみると、自分なりにちゃんと動いていたんですよね。

もう一つ大きかったのが、休職中にOG訪問を受けていた経験です。私自身、就活時に100人近くOB・OG訪問をしていて、就活はやり切った実感がありました。後輩の話を聞き、エントリーシートや面接の指導も重ねたところ、結果にもつながり「相談してよかったです」と言ってもらえたんです。

「必要とされる場所がある」「誰かの役に立てている」と感じられたことは、思っていた以上に大きな支えになったし、自信にもつながりました。だからこそ「復職してみよう」と一歩踏み出すことができたのだと思います。

実際に復職してみて、いかがでしたか?

はるか:正直に言うと、怖かったです。入社早々長期間休んでしまって、会社に申し訳なくて。でも、職場の人たちはみんな「おかえり」という空気で、必要以上に構えられることもなく、フラットに受け入れてくれたんです。それが本当にうれしかったですね。

復職にあたってランチ会のような場を開いてもらったり、部署が違う人たちまでが気にかけてくれたりもして。自分では「迷惑をかけた」と思っていたので、そうやって温かく迎えてもらえたことは本当に心の支えになりました。

仕事の内容についても私の体調に合わせた配慮があり、クライアントワークではなく、残業の少ないバックオフィス寄りの事務作業が中心になりました。

ただ、細かく正確な作業が苦手だったため、できなくてくじけそうになったり、周囲と比べて不安になったりする場面もたくさんありました。

そういった不安に、どう向き合いましたか。

はるか:大きな支えになったのが「絵を描くこと」でした。

会社の送別会用の似顔絵を頼まれるなど、仕事でもプライベートでも、絵を描く機会が自然と増えていったんです。できたものを周りの皆が喜んでくれてすごく励みになりましたし「どうしたらもっと喜んでもらえるかな」と創意工夫する時間も楽しかったですね。

もちろん前提として、本業のミスを減らせるよう少しずつ改善していましたが、絵をきっかけに周りの人も私のことを知ってくれて、仕事そのものもやりやすくなっていきました。



「ここにいると、すごく喜んでもらえるな」と感じられる場所や役割が一つでも見つかると、「苦手」や「できない」を乗り越える大きな力になります。

結局OG訪問も絵も、人の評価に委ねていると言われればそうかもしれないのですが、「これが好き」「これが得意」「これが喜ばれる」を集めると、少しずつ自信もついてきて。

そうしているうちに「仕事だけではなく、自分の好きなことや生活も大切にした方がバランスが取れるのでは」と思えるようになっていったんです。

自分の居場所を一つでも多く持ち、小さな「できた」を大切にする

自分の居場所を一つでも多く持ち、小さな「できた」を大切にする

💡POINT
  • 不調を感じたら、早めに「助けてほしい」と伝える
  • 自分が頼れる居場所を複数持つことが心のセーフティネットに
  • 小さくても自分が「できた」ことを積み重ねていくと自信につながる
メンタルの不調は、波のように繰り返しやってくることが多いと思います。ご自身の不調を感じたとき、現在ではどんなことを意識されていますか?

はるか:「思い切って休むことが大事」と言うのは簡単なんですが、実際にはなかなかうまく休めないことも多いですよね。その難しさは、今でも強く感じています。

私自身、休職を経験して学んだはずなのに、復職してからもつい「何でもできます」と抱え込んでしまい、限界まで溜め込んでから一気に爆発する……という癖が、正直まだあります。

だからこそ、今は「助けてください」と意識的に言うようにしています。

本当は「ここをこうしてほしい」と具体的にお願いできるのが理想なんですが、精神的にしんどいときは、そこまで考える余裕がありません。そんなときは無理に整えようとせず「すみません、今こういう状況で、どうすればよいか整理できていないのですが相談させてください」と、自分の状態を素直に伝えるようにしています。

もう一つ意識しているのが、生活リズムです。体調やメンタルが落ちてくるときって、振り返ると、だいたい生活の基本から崩れているなと感じていて。

正直、私は基本的な生活習慣を整えるのがすごく苦手です。でも、それをおろそかにすると本当に落ちるところまで落ちてしまう。そうならないために「寝る」「ご飯を食べる」といった基本的な生活を、意識的にやるようにしています。

実はインタビューを受けている今現在も、家庭のことなどが重なって落ちそうになっていますが、なんとか食べて寝るようにしていて、今まさにここで答えたことを自分に言い聞かせています。

生活の基本をきちんとする、というほかに、心のバランスを保つために大切にされていることはありますか?

はるか:そうですね、やはり「自分の居場所をたくさん持つこと」は、自分にとって大きなセーフティーネットになっています。

マンガを通じたつながり、バイクや旅の仲間、バレーボールを一緒に楽しむ友だち、学生時代からの友人、会社の人たち、家族。どれか一つの場所に全てを預けるのではなく、いろいろなところに少しずつ頼れる場所を分散させているイメージです。

そしてもう一つ大事にしているのは「自分でやりたいと思ったことを、実際にできた」という経験を積み重ねることです。

例えば仕事では、自分なりに「この研修は最後までやりきれたな」とか「頑張ったら、みんなが喜んでくれたな」と感じられる瞬間があったら、それを大切にしたい。

仕事以外の場面でも、同じような感覚があります。

行きたいと思ったら、訪れてみる。旅に出て、いつもとは違う世界に身を置き、少し開放的な自分で過ごしてみる。バイクで行きたい場所までたどり着けたことや、異国の地で買い物をする際に言葉や文化の違いの中でやり取りをして、友だちができたこと。

そうした「別の世界での奮闘」も、後から振り返ると、現実社会につながる大きな自信になっているんだと思います。

学ぶことで「現状の自分」を肯定できるようになった

心理学部で学び、以前よりも「現状の自分」を肯定できるようになった

💡POINT
  • 自分と同じように苦しんでいる人の力になりたいという思いで心理学部へ
  • 理想とのギャップに悩む中で「今の自分を認める」という視点を学んだ
32歳の時には、通信大学の心理学部に入学されたそうですね。

はるか:以前から、他人から評価されないと満たされないとか、そもそも自分のことをうまく大事にできていないんじゃないか、といった悩みがずっとあって。「どうして自分ってこうなんだろう」と考え続けていたんです。

そんな中で、これはエゴかもしれませんが……「自分と同じように悩んでいる人たちの力になるようなことに、この先エネルギーを注いでみたい」という思いが生まれ、それを実現するための選択肢として、2度目の大学入学、心理学部への進学を決めました。

そこで学んだのが「今の自分を認める」という考え方です。

それははるかさんにとって、どんな気付きにつながったのでしょう?

はるか:私はこれまで「もっとこうあるべき」「このままじゃだめだ」と高過ぎる理想像を掲げてしまっていて、そのギャップに苦しんでいたんだと気付きました。

大切なのは、理想に向かって一気に飛ぼうとするのではなく、まずは現状をちゃんと見て、受け止める。そして劇的な変化を求めるのではなく、できることを少しずつ積み重ねていくこと。とても地道なプロセスですが、前に進むためにはそれしかないんだなと。

これは授業だけでなく、授業で知り合った臨床心理士の先生の元に赴いて、発達障害について学んだり、カウンセリングを受けたりする中で、実感したことです。

この考え方は、マンガを描くこととも重なっていると感じます。マンガ家という仕事は、ある意味で「地道さの究極」だと思うんです。一朝一夕で面白い作品が生まれて、突然バズる、ということはなかなかない。実際、私自身もマンガの書籍を出すまでに、2年間働きながら夜や週末にコツコツ描き続けていました。

心理学の学びは、そうした日々の積み重ねを「これでいいんだ」と肯定するきっかけをくれたように思います。

取材・文:はてな編集部