仕事が忙しいとき、つい子どもを怒ってしまい後悔。イライラして余裕がないときの「子どもとの向き合い方」

イライラして余裕がないときの「子どもとの向き合い方」

「また今日も子どもを怒ってしまった……」

仕事をしながら子育てしていると、子どもを叱る必要がある場面で、つい余裕がなくなって怒ってしまうことがあります。その度に落ち込んだりモヤモヤしたり……そういった経験がある方は、少なくないでしょう。

そんな親の気持ちに寄り添った子育て論を発信しているのが、書籍『怒りたくて怒ってるわけちゃうのになぁ 子どもも大人もしんどくない子育て』(KADOKAWA)の著者、きしもとたかひろさんです。

きしもとさんは学童保育に約10年間勤務した経験をもとに、子どもも大人も笑顔で過ごせる時間を増やすにはどうすればいいのかを模索し、SNSやブログなどを通じて発信し続けています。

仕事や家事で余裕がない中、どんなふうに子どもと向き合えばいいのか? 怒ってしまったらどうすればいいのか? きしもとさんにお話を伺いました。

※取材はリモートで実施しました

子育ては方法論通りにいかないもの。だからこそ「軸」を大切に

きしもとさんは以前から「子どもを怒る」ことのあり方について、インターネットや書籍で発信され続けていますね。こうした活動のきっかけは何だったのでしょうか?

きしもとたかひろさん(以下、きしもと) 僕は学童保育で働く以前、保育士になって保育園で働くつもりで、養成学校に通っていました。だけど保育業界のことを知るうちにその厳しさを知ってしまって。

保育士の方たちは「子どもが子どもらしくのびのびと育つように」という理想を掲げているのですが、実際は忙しくて余裕がなく、なかなかそうはできない。もちろんいろんな保育士さんがいると思いますが、当時僕が見た中では、子どもに怒ったり、大人の言うことを聞かせたりする場面が多々ありました。

僕は、子どもにそんなふうに接したくなかった。そんな中で、もっと余裕を持って子どもと接することができそうだなと思ったのが、小学校の学童保育でした。創意工夫しながら、理想の保育ができるかもしれない。そう思って、学童の支援員として働き始めました。

しかし僕はそこでも「怒らない」ということができなかった。余裕があるはずの場所なのに、なぜできないんだろう。どうしたら、より良い保育ができるんだろう。その葛藤の中で考えたことをいろんな方に共有したいと思って、今の執筆活動を始めました。

きしもとたかひろさん
きしもとたかひろさん

きしもとさんの文章には、「これが正解」ということが書かれていないですよね。答えではなく思考のプロセスが書かれているので、どんなふうに子育てをしていけばいいのか、自分も一緒に考えさせられます。

きしもと そう言っていただけるとうれしいですね。「これが正解」と思うと、できない自分を責めてしまうでしょう。もしくは「できないのはこの子が悪いからで、仕方ない」と思ってしまう。

僕はそのどちらも嫌だし、そもそも「望ましいやり方を頭では分かっていたとしても、簡単にはできない」という前提でいます。そんな自分が、どうやったらより良い形で子どもと向き合えるだろうと、ずっと考え続けているんです。

その際に意識しているのが、子育てにおける「方法」ではなく「軸」を大事にすることなんですね。

子育てにおける「軸」?

きしもと はい。子育てにおける正しい「方法」について書かれた本や記事などは多くあって、それで助かる人がいる一方、逆にうまくできずに追い詰められる人もいます。その方法だけ見ていると、「軸」を見失ってしまう。だから僕はまず軸を考えて、そこに至るまでの過程を作りたいと思っているんです。

「その子がしんどくないかどうか」をいちばん重視する

子育ての「軸」とは、どういうものでしょうか?

きしもと 前提として、日本の保育は「子どもの権利条約」をベースにしています。これは、子どもの基本的人権を保障するために1989年の国連総会で採択された、世界的な条約です。

「子どもの権利条約」4つの原則
  • 生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
    • すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます。
  • 子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
    • 子どもに関することが決められ、行われる時は、「その子どもにとって最もよいことは何か」を第一に考えます。
  • 子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
    • 子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。
  • 差別の禁止(差別のないこと)
    • すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。
ユニセフ公式サイトより引用)

原則の一つに「子どもの最善の利益」を守ることがあります。つまり「その子にとって何が一番良いことなのか」を考えよう、ということ。僕はこれを子育ての「軸」にしています。

子どもは本来「自分に関わることは自分で意思表明できる権利」を持っています。だから、例えば大人が「ご飯を食べなさい」と言っても、「嫌だ」と断る権利がある。それを無視して無理に口に入れるのは、「子どもの権利条約」を考えると良くないことなんです。

だけど、ご飯を食べなかったらその子にとっての「最善の利益」である「健康」が損なわれるかもしれません。それでいいのか、悪いのか? ここで矛盾と葛藤が生まれます。でも子育てにおいて、それは当たり前。葛藤は絶対にあるものなんです。

ここで肝になるのは、「子どもが主体」だということですね。とはいえ、本人はまだ幼いから見通しが甘いことがある。だから大人も口を出したくなる。両方の視点が交錯して葛藤が生まれるわけですね。

きしもと その通りです。子どもの食べたくない意志は尊重した方がいいけれど、まったく食べないのは問題だから、「少しは食べて」と大人の意志も伝えた方がいい。つまり、その子を「育てる」というよりも、その子が生きる上で大事にすべきことを、その子の思いを受け止めつつ一緒に考え続けることなんですよね。

となると、方法は一つじゃなくなります。「とりあえず遊び食べから始めようか」とか「野菜は残してもいいかな」とか。これが「無理にでも食べさせないといけない」という方法論になってしまうと、お互いがつらくなります。

「子どもの最善の利益を守る」という軸さえ守れたら、方法は柔軟に変えてもいい……そう考えるとかなり楽になりますね。

きしもと そうですよね。ただ「子どもの最善の利益」って結構抽象的なので、僕はそれを分かりやすくして、「子どもがしんどくないかどうか」で見ています。

どれだけ充実していたり成長していたりしてプラスに見えたとしても、しんどい状態であるならその子の最善の利益は損なわれているんじゃないだろうか、と見てみる。「しんどくないかどうか」を基準にするんです。

そのしんどさを減らすためには、まず、大人が子どもを凹ませないことです。虐待や体罰などで、子どもをマイナスの状態にしないこと。もう一つは、しんどい思いをすることがあっても、それを楽しいことで誤魔化すのではなく、しんどさを癒したり埋めてあげたりすることが大事だと思っています。

また、大人はしつけなどのために冷静に叱っているつもりでも、受け取る子どもには恐怖を感じさせてしまうことがあります。「『叱る』ためには恐怖を感じさせたりつらい思いをさせるのは仕方ない」とは考えたくないので、その意味でも、子どもがしんどくないかどうかは気を付けて見るようにしています。

子どものしんどさに気付くことができると、「叱らないといけない」と思っていたことでも「別に叱らなくていいのかもしれない」と思えるようになります。根本にある「子どもの最善の利益」に立ち戻ることができれば、いつでも自分の行動を考え直せて、柔軟に対応できる。そうすると、子どもも大人も、もっと楽になれると思うんですよね。

必要なのは「おいしいラーメンを作る」ための対話

夫婦で子育てをしている場合、それぞれの子育ての価値観が合わない場合もあるように思います。そういうときはどうしたらいいでしょうか?

きしもと お互いに合わせようとするよりも、やはり「軸」を元に考え続けることが大切だと思います。分かりやすく例えると、「おいしいラーメンを作る」ことを目標にするのか、「おいしいラーメンを決める」ことを目標にするのか、ということです。

「おいしいラーメンを決める」議論になると、「塩ラーメンが一番だ」とか「いや、豚骨が一番うまい」とか、意見がぶつかって勝ち負けになるじゃないですか。でも「おいしいラーメンを作る」ことについてみんなで考えれば、「みそを入れるとおいしいよ」とか「かつおだしも良くない?」とか、お互いを否定せずに柔軟に意見を取り入れられる。自由度が高くなるんです。

確かに。例えば「子どもに習い事を続けさせるか?」という議論になったとき、「おいしいラーメンを作る」気持ちで議論すると、「続ける」「続けない」のどちらが正しいかではなく、その子にとって良いあり方を模索することができますね。

きしもと 続けるか続けないかはそこまで問題じゃなくて、最終的に子どもが幸せになればそれでいいんです。そう考えると、子育ての幅が広がるような気がしませんか?

となると、やはり「子どもの最前の利益」が何なのかは、大人だけじゃなく子ども自身とも話さないといけないですね。

きしもと 間違いなくそうだと思います。子どもとの対話が大切。これがまた難しいんですけどね。

だけど、「進むだけが対話じゃない」「言葉を交わすことだけが対話じゃない」と思うんですよ。子どもは語彙がなかったり、感情を整理できなかったりすることもあるので、うまく答えられないこともあります。

でも、子どもの思いをもし引き出せなくても、その子が何をどう感じているのか、そもそも話したいのかどうかをしっかり見るだけでもいいと思います。

例えば「学校に行きたくない」という子がいても、明確な理由はなかったりするんですよね。うまく言語化できないってこと、大人でもあるじゃないですか。そういうときは、背景にいろいろあるんだろうなって想像しながら向き合うしかないんです。

きしもとさんの本に、ピーマンを食べられない子のエピソードが載っていましたよね。そこに「子どもの舌は苦味を感じやすいっていうからなぁ」と想像しているシーンが描かれていました。そんなふうに、共感はできずとも理解しようとすることはできそうですよね。

ピーマンを食べられない子のエピソード

きしもと 僕は、それこそが知識の使い方だと思っています。子育ての知識や情報は、◯×を付けたり自分を縛ったりするためではなく、子どもをより理解するためにある。そうすることで怒らなくて済むことが増えて、よりお互いに楽になっていくと思うんですよね。

怒ってしまったとき、褒めるときに気を付けていること

とはいえ、どんなに意識していても、つい子どもを怒ってしまって落ち込む、ということがあると思います。そんなときはどう振り返るといいでしょうか?

きしもと 僕は、「落ち込んだり自己嫌悪に陥ったりしているのはいい状態だ」と思うようにしています。自己嫌悪になるのは、ちゃんと自分の子育てを振り返っているからです。逆に「うまく子育てできているな」と感じるときには、「何かを見落としているかも」と思うようにしています。

だから「今日も怒ってしまったな」と思うときは、「そう思えていてえらいぞ」とまずは立て直す。大切なのは、そのあとどうするかです。「次からはこうしよう」といい気付きを得られたのであればそれでいい、と思うようにしています。

これは、子どもに対しても同じです。保育には「ストレングス視点」という、悪いところに焦点を当てて足りていないと思うのではなく、良いところに焦点を当ててそのままの状態を生かすという見方があります。たとえ失敗しても、そこで気付けたから次の予防ができるんだ、と良い方を見るんですね。


ストレングス視点

そう考えた上で、自分の行動が良くなかったと思ったら、子どもにちゃんと謝ります。自己満足かもしれないけれど、「今後もあなたに話を聞いてほしいから謝りたいのだ」という気持ちを伝えます。

親も失敗していいし、謝っていいんですね。なんだか気持ちが楽になってきました。逆に、子どもを褒めるときに意識していることはありますか?

きしもと それは、コントロールしようとしないことですね。「もっとその行動をして、いい子に育ってほしい」と思うと、「褒める」ではなく「おだてる」になってしまうので……。じゃあどう褒めればいいのかと考えて、今のところ「常に褒める」「褒めるときは、ただ事実を言語化する」という結論に至りました。

例えば子どもが掃除をしてくれたら「きれいにしてくれてうれしい」と言うし、宿題をしていたら「やらないといけないことをちゃんとやってるんだね」と言います。それは客観的な事実と僕の気持ちを口にしているだけなんだけど、言葉にしないと子どもには伝わりません。

サッカーでも「ナイスパス!」って言わないと、それがナイスパスなんだって蹴った方には分からないじゃないですか。言われてやっと自覚できる。そこから自信が生まれるんです。だから、子どもを観察することがとても大切。その上で、気付いたことをただ言うようにしていると、自然と褒めることができるようになると思います。

「しなくていいこと」を増やして、余裕を「作る」

仕事が忙しいタイミングや、家庭の都合から一人で子どもを見なければならないときなどは特に、叱るつもりがつい怒ってしまう場面も増えるように思います。そんなときなるべく心に余裕を持つためには、どうしたらいいのでしょうか?

きしもと 余裕って、「できる」ものじゃなくて「作る」ものだと思うようにしています。イライラしてしまうのを自分の忍耐力のせいにしないで、余裕を絶対に必要なものとして、何かを削ってでも前もって作ってほしいですね。例えば「残業した日の晩ご飯は出前を取る」とか、「金曜は宿題しなくていい」とか、いつも決めているルールを常に守ろうとせずに「しなくていいこと」のルールも作っていく。

そんなふうに、自分の中に「しなくてはいけないこと」より「しなくていいこと」を増やしていくのがいいと思います。子育ての知識や情報は、そのために使ってほしい。子どものことを知ったり、子育ての視点を変えれば、怒らなくてもいいこと・やらなくていいことが増えていく。そうすれば自然と楽になっていくのではないかと思っています。

また、子どもに自分の状況を素直に伝えるのもありだと思います。「今日は仕事が忙しくてイライラしていてあんまりお話できないと思うから、このアニメを見ていてね」とか。イライラしている自分を責めないで、相手に言葉で伝えることも大事だと思います。

大人の自分が甘えたらダメだと思ってしまうかもしれないけど、親も子どももたまたま一緒にいるだけなんだから、「自分がどうありたいか」を優先するのも大切だと思いますね。

なるほど! 一方で今のお話を聞いて、「自分がどうありたいかを優先する」こと自体に罪悪感を持つ方もいらっしゃるかもしれない、と思いました。例えば「仕事をバリバリやりたい」と思いつつも「もっと子どもに時間をかけた方がいいのではないか」と悩んだり。そういった方へのアドバイスはありますか?

きしもと さっきも話した通り、子育ての期間って、自分の人生と子どもの人生がたまたま一緒にあるだけなんです。私は私で大事なものがあり、子どもは子どもで大事なものがある。子どもが育つ上で必要な手助けをしていくことが「子育て」ですが、自分の人生全てを子どもに捧げるわけではない、という意識は大切にしてほしいです。それは決して冷たいのではなく、その子を一人の主体として見ているということです。

それに子どものサポートをするのは親だけではありません。保育園や学童も、その子のサポートをするのが仕事。だから、どんどん頼れるようになればいいなと思っています。

子どもの権利を守りながら、親御さん自身も一人の人間として、自分らしく生きてほしい。そんなふうに僕は思っています。

取材・執筆:土門蘭
イラスト:きしもとたかひろ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:きしもとたかひろさん

きしもとたかひろ

学童保育所で約10年にわたって子どもたちと過ごしてきた経験を通じ、正解のない子どもへの関わり方について考えたことを、SNSやブログで発信している。著書に『怒りたくて怒ってるわけちゃうのになぁ 子どもも大人もしんどくない子育て』(KADOKAWA)。

2022年9月15日には、Webメディア「grape」での連載をまとめた新刊『大人になってもできないことだらけです』(KADOKAWA)を刊行。

Twitter:@1kani1dai
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