『凪のお暇』がうつす「家族」と「コミュニティ」。私たちがもっと“生きやすく”なるには?

コナリさん

2019年にはテレビドラマ化もされた大人気コミック、『凪のお暇』。職場や家庭、恋人との関係においても「空気」を読みすぎてしまう癖のある主人公・大島凪が、退職をきっかけに自由な時間(=お暇)を持ったことで、周囲の人々と関係しながらすこしずつ変化していく物語です。

『凪のお暇』では7巻以降、東京から一時的に地元の北海道に帰ることになった凪の生活が描かれます。地元での人間関係や親子関係をめぐるエピソードはどれも、「家族」や「コミュニティ」の生々しい姿をリアルに映しています。

家族や職場、ご近所さんといったさまざまなコミュニティとの距離感に悩んだ経験のある人は、きっと多いのではないでしょうか。今回は『凪のお暇』の作者・コナリミサトさんに、作品のお話を通じて、いまよりも生きやすくなるための「家族」や「コミュニティ」との付き合い方のヒントについてお聞きしました。

凪がこれからどうなっていくのかは、まだ私にもわからないんです

実家のある北海道に一時帰省した凪
(C)コナリミサト(秋田書店)

【凪のお暇 これまでのあらすじ】場の空気を読みすぎて、他人に合わせて無理した結果、職場で過呼吸になり倒れてしまった大島凪、28歳。会社を辞め、家財を処分し都心から郊外へ転居、全ての人間関係を断ち切った凪は、ゼロから新しい生活を始めることに。引越し先やハローワーク、アルバイト先での新たな人間関係に積極的に関わるようになり、すこしずつ空気を読み過ぎてしまう今までの自分からの変化が見られます。

一方、凪の母・夕に対しては相変わらず空気を読み本音を吐き出せず「今まで母が望む通りやってきました」と語る凪でしたが、夕が北海道から東京に来たタイミングで実家に連れ戻されないために実施した元恋人の慎二との偽デートのやりとりを機に、本音を打ち明けることができるように。ここからすこしずつ関係が変わっていくのかも、と思った矢先、夕の怪我をきっかけに実家に一時帰省することになってしまい……。▶コナリミサト「凪のお暇」特設サイト

『凪のお暇』、毎回楽しみに拝読しています。コミックスの7巻からは、主人公・大島凪が母・夕の怪我のサポートのために地元の北海道に帰り、そこで家族や地元の同級生、ご近所さんといった身近なコミュニティとの関わり方に悩む様子が描かれていますよね。この北海道でのエピソードは、執筆当初から考えられていたんでしょうか?

コナリミサトさん(以下、コナリ) いえ、最初は全然決めてなかったですね。正直、最近は私が動かしているというよりもキャラクターたちが勝手に動いていっているような感覚が強くて……。ただ、凪が自分の問題に向き合うためには物語上、もう地元に触れずにはいられないな、とはうっすら考えていた記憶があります。

描きながら徐々に話が膨らんでいったんですね。7巻以降では、凪以外の登場人物たちのバックボーンもすこしずつ見え始めて、どのキャラクターも幸せになってほしいと祈るような気持ちで読んでいます。

コナリ 私もいま、思った以上にキャラクターたちに愛着が湧いていて、全員幸せになってほしいと願いながら描いています。上辺だけじゃなく、本当にこの人たちが幸せになるにはどうしたらいいんだろうと考えたときに、やっぱりそれぞれの家族のことも掘っていく必要があるよなと思ったんです。

このキャラクターはどうしてこういう人になったんだろう、というのを考えているうちに、たとえば凪の元恋人・慎二は子ども時代、日曜の夕方に放映されるような家族団らんのアニメをお兄ちゃんと一緒に見たりしていたんだろうなというエピソードを思いついたり。

コナリミサト

慎二の実家時代の回想シーン
(C)コナリミサト(秋田書店)


これまでの私の作品は長くても3巻程度だったので、ある程度ふんわりとした骨組みで進めていっても、全員不幸にはならないところにお話を落ち着かせることができたんです。でも『凪~』はこれからどうなっていくのかが、本当にまだ私にもわからないんですよ(笑)。

じゃあ、凪が東京に戻るのか、あるいは違った選択をするのかというのも……。

コナリ 私が教えてほしいくらいです……! でもどんな選択をするにしても、登場人物たちも私も、なんとか納得できる形でまとめたいとは思っています。

関係を“散らす”ほうがいい──「コミュニティ」との付き合い方

作中で印象的なのが、コミュニティの閉鎖的なあり方に悩まされる登場人物たちの姿です。凪の地元では、誰もが顔見知りだからこそ一度できた関係性が崩せなかったり、自分の行動を逐一言いふらされるのではないかという怖さに怯えたりといった描写はどれもとても生々しいですが……コナリさんは、どういったところからエピソードの着想を得ているんでしょうか?

コナリミサト

(C)コナリミサト(秋田書店)

コナリ エグいですよね(笑)。凪が生まれた場所はいわゆる田舎なのかなと思うのですが、田舎の関係が全部エグい、というわけではないですし、「田舎」だからじゃなく「地元」だからああなのかな、と。もちろん、地元のコミュニティが好きだったり、心地よかったりする人もいるかと思います。

「生まれ育った場所」だからということでしょうか?

コナリ そうですね、子どもの頃から生きてきた場所だから感じてしまうことも多いんじゃないかなと思います。北海道のエピソードはどれも凪や夕の視点から見たお話なので、なおさらしんどく思えてしまうのかもしれない。

私自身が地元に対してずっと感じていたことを増長させて描いている部分もあるんですが、地方出身の友人にいろいろ話を聞いたりもしていると、やっぱり生まれ育った場所のコミュニティに対してはいろいろ思うところがあるみたいで……。

作中でも描かれていましたが、地元に残っている人と地元を出た人との間で対立構造が生まれてしまうこともありますよね。その選択に優劣はないのに、お互いがお互いのことをどこか下に見てしまうという。

コナリ それは本当によくありますよね。当然ですが、『凪~』の地元の人も全員邪悪なわけじゃなく、中にはすごくいい人だっているんです。だから、これからはもうすこしそこを補完して描いていかないと、と思っています。私は自分の親戚がわりと北海道に固まっているんですが、なんでこんなにめちゃくちゃ善人なの!? みたいな人もいるんですよ。そういういいところも描いていきたいとは思っていますね。

北海道編には、凪の同級生でパン屋を営んでいるフセというキャラクターが出てきますよね。地元というコミュニティには所属しつつも、ときどき離れた駅で移動販売を行い売上を伸ばすなど、地元に軸足は置きつつ、そこから足を外に伸ばす手段を持っているキャラクターのように感じました。

コナリミサト

小学校時代の同級生・フセは実家のパン屋を継いでいる。凪とフセは当時「遠足の班決めで余る」2人だった
(C)コナリミサト(秋田書店)

コナリ そうですね。私自身も、依存先を複数持つというのは大事にしています。どこか一箇所にべったりと居着くのではなく、ポンポンポン、と軽く遊びに行けるコミュニティをたくさんつくったほうが、自分は生きやすいタイプだなと思うので。

ご自分でそう気づかれたのって、どうしてだったんですか?

コナリ たとえばひとりの人とずっと一緒にいると、たとえその人がすごく好きな人であっても、だんだんと嫌なところが見えてきてしまうことってありませんか? その嫌だな、という感覚が、ほかの人とも話しているとすこし分散する気がするんです。

たとえば、Aちゃんという友達ひとりとずっと一緒にいると、Aちゃんの嫌なところが見えてきてしまったり、反対に自分の嫌なところもAちゃんに見せてしまいがちになってしまう。でも、そういうときにBちゃんというほかの友達とも交流を持てると、「Aちゃんの嫌いだと思ったところ、そんなに気にならないかも」と思えたりしますよね。そういうふうに、散らしていくのがいいのかなと思います。

たしかに拠りどころがひとつだと、想定外のことが起きたときに、必要以上に相手を嫌いになってしまいがちな気がします。

コナリ 自分の中で勝手に、相手のことをどんどん強大な敵に変えていってしまうんですよね……。

凪が地元から離れている間に、母親の夕のことを「仮想敵」として一方的に大きな存在にしてしまっていたのも、夕との関係がもともと依存的だったことに関係しているのかな、と感じました。

コナリ そうですね。そして、ひとつに集中しすぎないほうがいい、というのは関係性に限らないと感じています。本でも漫画でもなんでもいいので、依存できる場所はいくつか持っていたほうがいいと思います。

たしかに、凪と夕、夕と凪の祖母(夕の母)のお互いを縛るような関係は、「家族」というコミュニティに閉じてしまったゆえのしんどさもあったのかもしれませんね……。

コナリミサト

夕は凪と同様「お暇」をいただき、家族と地元から一度「離れる」ことに
(C)コナリミサト(秋田書店)

当人が納得している「家族」のあり方に周りは口をはさまない

『凪のお暇』の9巻からは、慎二と会社の後輩・円の関係の変化にもスポットが当てられていきます。円は「理想の家庭」像を持っているものの、慎二のイメージとはズレがあってすれ違ってしまう。

コナリ あのふたり、全然話せてないんですよね。『凪~』の登場人物たちってみんな人となかなか話し合わないんですが、慎二は特にそうで。思ってることをもっと言っちゃえればいいんですけどね。

慎二と交際中の円。彼女は自分の両親のように出世の鬼(妻)と家庭の仏(夫)のような家族に憧れている
(C)コナリミサト(秋田書店)

コナリミサト

実家の家族関係が良好でなかったことから「日曜の夕方アニメ」に登場するような家族に憧れを持つ慎二
(C)コナリミサト(秋田書店)


慎二はこれまでに、空気を読んで自分の意見を言わないことで場が丸く収まった、という経験をしすぎているんでしょうか。

コナリ それもあると思いますし、あと、自分の感じていることが、別に言うには値しないことだと思っているのかもしれないですね。

これから夫婦や家族になりたいと思っている人たちの「理想の家族」像にズレがある場合、そのズレをどう解消していけばいいとコナリさんは思いますか。

コナリ なぜそういう家庭を作りたいかをとにかく話し合って、それぞれが許せる範囲の妥協をする、ということに尽きるんじゃないかと思います。ここまでだったら折れられる、というすり合わせをするしかないですよね。

コナリさんが個人的に、ご自分にとって「理想」と感じる家族のあり方って、どのような形ですか?

コナリ 私は、それでうまく回るなら、家族の中で個人がそれぞれ得意なことをやりさえすればいいと思っています。

たとえば、健康で自分が働けるうちは自分がバリバリと働けばいいのかなとも思いますし、いつか自分が働けなくなるタイミングがきたら、そのときは臨機応変に役割を分担できるといいのかなと。「あのとき助けてもらったから」とか「あのとき支えてもらったから」と、思いやりで回る家族が作れたら理想ではありますよね。

作中で、凪のお隣さん・みすずが「家族ってちょっと部活に似てるなって思う」という台詞を言うシーンがありましたよね。それぞれのコミュニティによって、関係性も歴史もしきたりも違うと。その理想像は、家庭によってさまざまですよね。

コナリ そうですね。家族って本当に、その家によって秩序もあり方も、目指しているところもバラバラだと思うので。

最近は、人のうちのことにガタガタ言わない、というのが大事だなとよく思います。共働き家庭も増えてきていますが、その家族がきちんと話し合えて納得しているんだったら、たとえば女性だけがバリバリ働いている家であろうと、『サザエさん』のような専業主婦の人がいる家であろうと、当人が苦しそうにしているんじゃないのだったら、憶測で周りが口をはさまない。それがいわゆる多様性なのではないだろうかと。

「家族」を巡る価値観は、年々多様化していっているように感じます。『凪のお暇』は2016年から続く長期連載ですが、コナリさんのなかで、作品を描きながら自分の価値観や考え方が変化してきたのを感じたりすることもありますか?

コナリ やっぱり、連載当初からは考え方もどんどん変わってきていると思いますね。前はこうやって考えてたけど、こうじゃない? と思ったり。

……私、シラフだとなかなか自分の作品を恥ずかしくて読み返せないんですが、お酒で酔っぱらうとようやく通しで読み返せるんです(笑)。そういうときに、過去の台詞や展開にツッコミを入れたりはしていますね。

たとえばお話の序盤のほうで、凪が同僚に「お姫様かよ」と言われるシーンがあるんですが、あとからお酒を飲みながら読み返したときに「お姫様みたいな人がいても別によくない?」と思って。仮にお姫様みたいな人がいたとして、その人を大切にしたいと思っている人がいて、ふたりの関係がそれで成り立っているんだったらよくない? と思えたんです。そこから円のようなキャラクターが生まれたりして。

円、お酒の力で生まれたキャラクターだったんですね……!

コナリ もちろんネームはシラフで描くんですけどね。酔っ払って自分の作品を読み返していると、それを描いたときの生々しい感覚が忘れられて、ほかの人の作品のように読めるんですよ。だから酔うと初めて、「なかなかおもしろいじゃないか! 誰が描いたんだろう、この漫画!」って思えます(笑)。


【INFORMATION】『凪のお暇』1〜9巻 発売中

『凪のお暇』書影

秋田書店刊

いつも場の空気を読むのに必死で、「わかるー」が口癖の大島凪28歳。 ある日、こっそり付き合っていた職場の同僚・慎二の一言がきっかけでついに過呼吸をおこして倒れてしまい……?

空気読みすぎるの、もうやめたい。人生リセットコメディ『凪のお暇』は、月刊エレガンスイブ(秋田書店)で好評連載中。

▶コナリミサト「凪のお暇」特設サイト

【関連記事】家族、日々のモヤモヤ、仕事のこと。

「もっと働きたい」気持ちにどう向き合う? 『しあわせは食べて寝て待て』水凪トリさんに聞く「体」と「仕事」のバランス
「もっと働けたら」の気持ちにどう向き合う?『しあわせは食べて寝て待て』著者に聞く「体」と「仕事」のバランス
仕事のモヤモヤは、お酒と漫画で消化する。漫画家・コナリミサトさんの“気持ちのゆるめ方”
仕事のモヤモヤは、お酒と漫画で消化する。漫画家・コナリミサトさんの“気持ちのゆるめ方”
画像のalt設定をここに
女らしさ、社会人らしさ……って何さ?『ケムリが目にしみる』著者と考える「正しさ」と「自分」の向き合い方

お話を伺った方:コナリミサトさん

コナリミサト

漫画家。2004年デビュー。『凪のお暇』(秋田書店)、『黄昏てマイルーム』(KADOKAWA)、『燃えよあぐり』(小学館)連載中。2019年に『凪のお暇』、2021年に『珈琲いかがでしょう』『ひとりで飲めるもん!』がドラマ化したことでも話題に。

Twitter:@konarikinoko

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

編集:はてな編集部