「やりたい」じゃなく「できる」ことを見極める。“超元気”ではない私が働き続けるためにした工夫

 佐藤はるか

仕事場の様子

仕事をする中で、自分のやりたいことをしていたり、将来の夢・野望を叶えるべく邁進したりしている人を見ると、焦りを感じることはありませんか。

自分も何かしなきゃ、とその瞬間は駆り立てられるかもしれませんが、全員が全員やりたいことがあったり、「こうなりたい」という野望を持っていたりする……わけではないのも事実。そんな人が日々はたらく上で必要なのは、無理にやりたいことを見つけようとするのではなく、今の自分の状況を冷静に見極めることなのかもしれません。

フリーランスで主に編集アシスタント業務をしている佐藤はるかさんは、「これがやりたい」という大きな目標はなかったものの、大学を卒業したら「普通に就職」すると考えていたそう。しかし、体調面などの事情から、思いがけず新卒フリーランスという道を歩むこととなります。

佐藤さんが働く上で気付いたのは、やりたいことに向かって一直線になる、いわば熱量を持った働き方ではなく「できること」の積み重ねをしていく選択もある、というものでした。

***

初めましての方と話すとき、仕事について尋ねられると、それが単なる世間話だと分かっていても、いつも少し緊張しながら次に言う文章を準備する。「フリーランスで、主にWebメディアの文章に関わる仕事をしていて」……。

大学を2018年に卒業し、どこにも就職せず、そのままフリーランスとして仕事を始めた。いわゆる「新卒フリーランス」というやつだ。

当時、私のSNSのタイムラインでは、学生時代の経験をもとに、志を持って新卒でフリーランスとして働き始める人をちらほら見かけた。肩書きや経歴だけ見れば、私もその一員に見えるかもしれない。

しかし実際は、「他に働く方法を見つけられなかったから、消極的選択としてフリーランスになった。なんやかんやあり、気づいたら4年目に突入していた」といったところだ。

「やりたい」ことが分からない焦りと、休学期間で始めた「できる」こと

大学進学を機に、生まれ育った静岡県を出て東京に出た。もともと地元への愛着はあまりなかったこともあり、就職も関東かなあと漠然と考えていた。

とはいえ、「これをやりたい」という夢や目標はとくになかったし、地元で自分が「よくできる」と評価されてきたことは東京でも通用するのか? という疑問もあったので、2年次までにいくつかのアルバイトや短期・長期インターン等を経験し、自分に向いていそうなこと、面白いと感じることを探していた。やりたいことや興味関心のある業界への就職を近づけるためにインターンをする人もいた印象だが、私の場合はやりたいことが分からないから見つけなきゃ、といった焦りのようなものもあったように思う。

そろそろこの先のことを本格的に考えなきゃなあと思っていた3年次のことだ。不規則な生活やストレスの積み重ねが主要因だろうが、私の心身は急激にバランスを崩し、ただ生活するのも大変なほどになった。得意だと思っていた何かを読み書きすることもほとんどできなくなり、ショックと不安の中、休学を余儀なくされ、伊豆の実家に戻った。

その後、実家から通院するようになり体調が回復してくると、今度は何もせず家でじっとしていることが苦痛になってきた。SNSでそんな話をしていたところ、相互フォローだった知人ライターが、インタビューの文字起こしを依頼してくれた。

文字起こしという作業は、すごくちょうどいい負荷になった。人と直接やりとりする元気や、どこかに移動する体力がなくても、誰かが楽しそうに話している雰囲気を感じられて、内容も勉強になる。声を聞いてタイピングする間は他のことを考えて不安にならずにすむし、きちんとやればお金ももらえる。当時の私にとって、ささやかだけど「できる」ことで、「するのが楽しい」ことだった。

「これぐらいの量で、これぐらいのペースならできそうだ」と見極められるようになってからは、偶然見かけた文字起こしや校正のアシスタントの募集にも応募してみた。自分をよく見せて採用されても不幸なミスマッチを生むだけだと思ったので、できないこと・できそうなことを整理して面談に臨んだところ、丁寧に話を聞いた上で採用してもらえた。

かかりつけ医に最近の状態を伝えるため、毎日のできごとやその日の調子・気分を日記につけるようにしていたことが、自分の体調の波やできる・できないを把握するのに役立った。

就活は断念。他の働き方もマッチせず、そのままフリーランスに

かろうじて1年で復学したが、先をあゆむ同期を見ているとどうしても気になったのが就活のこと。医師に相談すると、「就活は、まだちょっと早いんじゃないかな?」とやんわりと止められた。

「普通」で「順調」なルートへの憧れが強かった私は、体調不良で休学を決めたときと同様に、「この先どうなるんだろう?」と途方にくれた。だが、1年半後に週5日フルタイムで働く自分は、確かに到底想像できなかった。ためしに説明会に行ってみても、それだけでぐったり疲れてしまったので、そのルートは諦めた。

それでも、地元に比べ、自分の好きなタイミングで好きなことをしやすい東京の魅力は捨てがたい。なんとかここに残ってお金を稼ぐ方法はないかと、卒論の提出を終えてからは往生際悪く働き口を探し続けた。東京の住まいの近くでできて、座れて、1日あたりそれほど長時間でなく、週3〜4日ぐらいのアルバイトはないだろうか。SNSでも探している旨を書き、知人づてに会社の紹介や、働き方の相談を受けてもらったこともあった。

結果としては、残念ながら、条件の合う仕事は見つからないまま卒業を迎えた。4月以降もしばらく粘るも「これは無理だな!」と思い、実家に帰ることを決めた。文字起こしなどの手伝いは変わらず引き受けていたので、実質的に「新卒フリーランス」になった、というわけだ。

たいそうな肩書きだが、当時の自分が思う「普通」に働くという望みが叶わない中、なんとかできる範囲のことをやった結果であって、積極的に選択したわけではなかった。

「できる」ことをやっていたら、次の仕事につながった

実家に帰ってからは、いずれ地元のどこかで働くことも視野に入れて、移動に必須な自動車の運転免許を取りに通った。それと並行して、文字起こしや簡単に文章をまとめる仕事を続けていると、新たな仕事の話につながるようになってきた。

例えば、文字起こしをお手伝いしていた会社の方からの紹介。東京で仕事を探していたときに、「事務系の仕事やってみたいんですけど、なかなか働き口がないんですよね〜」と雑談していた方に、その知人デザイナーさんのアシスタント業のお話をいただいた。

経験のない業務だったが双方の希望条件が合い、ごく短い時間から、制作進行スケジュール管理のアシストや、議事録作りに入らせてもらうことになった。議事録作成はなんとなくできそうだと思えたが、スケジュール管理が得意だと思ったことはこれまでなかったので、何度もカレンダーや組んだ式を指差し確認しながら、予定を立てた。

実際にやってみると、自分がすごく得意だと感じるわけでない仕事でも、ある場において相対的に「スムーズにやれる」というケースはあると分かった。ものすごいスキルがなくとも、それで十分力になれる場合もあって、仕事になりうるんだと知った。他にも、また別の方に、「数カ月前に仕事を探していたのを思い出して、条件が合うかもしれないと思ったから」と、Webメディアに関連する仕事のお誘いをいただいたこともあった。

基本的には今の自分にできそうだなと思える仕事を中心に引き受けているから、慣れれば多少余裕が出てくる。その分、少し丁寧に一つひとつのやりとりをしたり、参加自由な他の業務にオンラインで顔を出させてもらったりしているうちに、「こんな仕事も合いそうだと思うんだけど、やってみない?」と声をかけていただくこともあった。

経験を参考に、「できそうなこと」を自分1人で想像するのにも限界がある。未経験の分野の適性を仕事相手が見出し、やってみる機会をくれたのは、本当にありがたいことだった。

もちろん、自分のできる範囲を見誤ってしまったこともあった。その度に「ここまではできるけど、これ以上はまだちょっとキツいんだな」「かかる日数の見積もりが甘かった、もう少し長くとればできるかも」と自分のできる範囲を見直し、業務内容や働く時間を相談して、調整させてもらった。

そうやって、すでに「できる」と自信を持てていることを仕事の基盤にしつつ、チャンスがあれば少し挑戦もしてみて、「できる」と「できない」を行き来しながら、自分にできることを更新する日々が続いた。

仕事のスケジュールを徐々に埋めていっている様子

先のことは分からないけど、できることを着実に

そうこうするうちに、フリーランス4年目に突入した。事務まわりや採用、記事の制作進行、執筆・編集などを経験し、大小はあれど「できる」と思える業務の幅は広がり、だんだんと働ける時間が増え、それと同時に収入も増えた(最初は、本当にお小遣い程度だった)。

もちろん努力や工夫はしたけれども、正直この今があるのはさまざまな場面で運が良かったからだと思っているし、「全てが自分の実力だ」とはまったく思っていない、というのははっきり書いておきたい。新卒フリーランスという働き方を、人に自分から勧めようと思ったこともない。

また、かつてより働ける時間やできることが増えた今だからこそ、今後のキャリアに関する悩みもそれなりにある。この先のことを考慮しても、もっと力をつけたいという欲が出てきたのだ。

そのためには業務内容を絞り、集中して取り組むのが近道では? と思うが、ではどれに絞るかと考えると、それぞれ異なる良さがあって捨てがたい。それに、自分のコンディション次第でやりやすい仕事・楽しい仕事は変動するから、どこかに一本化してしまうと、不調時に何もできなくなってしまうかもしれないという怖さもある。

そもそも、フリーランスという働き方さえ、それしかできなかったからした選択だ。仕事でうれしいことがあっても契約の都合上話せる人がおらず、分かち合えないときは少し寂しい。体調に波があるときは、支え合える同僚がいる環境や有給を思い、経費や保険料を払っては福利厚生に憧れる……こともある。

さすがに自分でさまざまな決定をすることにも慣れてきたが、もともとはある程度決められた枠の中で動くのを好む気質。「自由大好き!絶対に今後もフリーランスでいく!」と決めているわけではない。

野望が見当たらなくても、やりたいことがなくても、働き続けるために

それでも、「やりたいこと」なんて考える余裕もなかった時期に、「できること」としてフリーランスで仕事を始めたことに後悔はないし、当時の自分にとって最善策だったと思っている。

幸運にも、内容を「どうしてもこれ!」と絞らずに「できること」からいろいろと仕事をして、まあまあ得意だなと思えることや、比較的好きなことも分かってきた。これはきっと、いつか「やりたいこと」が生まれたときにも何かの形で役立ち、判断材料になるだろう。

それに、ずっとやりたいことがないままだったり、やりたいことがなんらかの理由で叶わなかったりしても、「できること」をベースに働いていくことはできる。実際に、私は今そうしているわけだし。

……ただ、今そう思えるのも、いろいろと諦めがついてきたからかもしれない。かつて当然のように想像していた姿――元気にバリバリ週5フルタイム、またはそれ以上に働く自分――は、少なくとも今は実現していない。そのことを、数年かけて受け入れた。正確には、すっかり受け入れたわけではないが、そこに憧れが今もあり、諦めきれないことも含めて、一旦受け入れる姿勢をとることにした。

全てが理想通りとはいかない状況下で、たまに「〇〇だったかもしれない自分」に思いを馳せてしまうのは仕方のないことのように思う。それはそれとして、今の自分ができることをなんとかやるという形であがくことが、自分自身との、そして仕事との、私なりの向き合い方だった。

「これからどうしよう」「これでいいのかな」と思う日もあるが、すぐには行動できないことや解決しないことだって多い。仕事を探しているという発信への連絡を数カ月後にもらったときのように、自分が変わらなくとも周囲が変化することもあるから、「まずは一旦決めずに待つ」というのだって、選択の一つなんだと思う。

何か変えたいと思ったら、そのときに変えるための行動をとればいいし、そこまでではないなら今は変えなくてもいい。何かやってみて失敗したなと思ったら、元に戻すことも場合によってはできる。周りを見て焦ったとしても、この「自分」であるのは私だけなのだから、結局自分のペースでやるしかない。これは、超元気とは言えない心身と付き合っていくことになり、その後フリーランスとして活動する中で、少しずつ納得できるようになってきたことだ。

とりあえず私は、すぐには叶わないことを「一旦」諦めたり、しつこく密かに諦めずにいたりしながら、これからも「今できること」を更新し続けていくつもりだ。どんな気持ちを抱えていたとしても、自分がしたことに応じて何かが積み重なっていく場合もあると、この数年間で信じられるようになったから。


編集/はてな編集部

やりたいことが見つからない、と焦ったら

著者:佐藤はるか

佐藤はるか

主にwebメディアのまわりで、原稿の制作進行や執筆・編集などをしているもろもろアシスタント。文字起こしをするのも読むのも好き。静岡県在住。
Twitter:@sharuka_work

りっすん by イーアイデム Twitterも更新中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten