主人公は、既婚で小学校の先生をしている「綾乃」と、独身で恋愛対象が女性の「朱里」。ともに35歳で「大人」の2人は、偶然の出会いからお互いに恋愛感情を抱きます。家族や仕事、社会などさまざまな「枷」を簡単に取り払えず、かといって好きという感情を捨てることもできない。大人になったからこその不自由さに苦しむ登場人物の心の機微が、志村さんらしい繊細な描写で表現されています。
今回は作者である志村さんに、本作への思いや、志村さん自身の「枷」についてお話を伺いしました。
おとなになっても - 志村貴子 / 1話 すてきじゃない片思い | コミックDAYS
男女の恋愛を扱う雑誌で「大人の女性同士」の恋愛を描く
志村貴子さん(以下、志村) 今まさに不安の壁にぶち当たっています。といっても、このテーマだから特別な不安を抱えているということではなく、「とにかく何かを始めなくては」とぼんやりとした構想のまま見切り発車で始めてしまったので、今後の展開に頭を悩ませている真っ最中です。
(C)志村貴子/講談社
志村 バイタリティー……。あるのでしょうか……? 下手に考えて動こうとすると何もできなくなってしまうので、無鉄砲に始めてしまっているだけかもしれません。
志村 自分の中では、前作の“反省会”を続けながら、今の『おとなになっても』を並行して始めてる感じなんですよね。だから、引き続き描かせてもらえる場があるというのは本当に感謝しかないです。
志村 先生という職業に憧れがあって。もちろん失望もあったんですけど、子供の頃に抱いた「幻想」のようなものが根深くこびりついていて、そこにしがみついてるのかなーという気がします。
大人になっても「適宜対応」は難しい
志村 もともと「面倒臭い人たちのややこしい話」みたいなものがずっと好きなんです。なので、今回も打ち合わせの勢いで「枷、いいねいいね!」と進めてしまったんですが、それを実際に自分が描くことになると……。正直「め、めんどくせー……」と……。
志村 でも「面倒臭さ」は、私よりも読者さんの方が感じてることだと思うので、読む人の「枷」をひとつひとつ丁寧に外していく作業に昇華できたらいいのかな、とも思いますね。今後もやきもきさせてしまうかと思いますが、人間関係の「面倒臭さ」や「ままならなさ」みたいなものを、暗くなり過ぎたり感傷的になり過ぎたりせず描いていきたいです。
志村 既婚者を描くということは、つまり「それぞれの家族」についても考えることだなぁと思って、正直一瞬ひるみました。でも、誰を主人公に据えても、背景にはその人の家族との暮らしやしがらみ、軋轢(あつれき)があるので結局は避けて通れない作業で。
志村 自分の中に「家族」というものへのわだかまりがあるので、マンガに描き起こすことでそれを溶かす手がかりにならないかなと考えています。
(C)志村貴子/講談社
志村 面倒な手続きや手順に対して臆せず取りかかれるようになったと感じることもあれば、いまだに苦手なこともあったり。人付き合いは昔のほうがまだうまくできていたんじゃないか? と思うことがしばしばありますが、その記憶もきっと都合よく美化されているんだろうな〜なんてことも考えます。
志村 大人になっても適宜対応していくのって、やっぱり難しいなと感じます。でも、それが自分の作風につながっていると受け止めるようにして「こんな自分が嫌」とはあまり考えないようになりました。年を重ねて、強くなったのか、慣れたのか、ただ鈍感になったのかは分からないですが、良い意味でも悪い意味でも図太くはなっていると思います。
多忙な中でも「頑張り過ぎず、時々まじめに」をモットーに
志村 一般誌でのデビューの前はエロ雑誌に不定期で描いていて、将来のビジョンは全く見えていなくて……。て、今も老後の不安しかないですけど……。
志村 マンガ家になるのは子供の頃からの夢だったのに、漠然とした「夢」のイメージでしかなかったんですよね。マンガ家になって、ようやくマンガというものに向き合い始めた状態だったので、プロの現場のめまぐるしさや厳しさに「自分、これ無理なのでは」と打ちのめされるばかりでした。
あまり売れてこなかったにもかかわらず、意外なところで知っててくださる方がいらしたおかげで奇妙なご縁を感じる20数年を過ごしています。仕事の恩には仕事で返していくというのが理想なんですが、それにはやっぱり売れたいですね。
(C)志村貴子/講談社
志村 35歳を過ぎたあたりで、若い頃の不摂生のツケがドドッと押し寄せたのか病気がちになってしまい、睡眠だけは削ってはいけないと強く思いました。健康だった頃は徹夜して栄養ドリンクを飲んで、という感じでしたが、今そんなことしたら“即死亡”だなと。
そういうものに頼らずにすむよう、つまり寝る、といういちばんの解決方法に頼るようになりました。あとは少しでも歩くようにしたり、思い出したように筋トレをしたり。食事はいちばんおろそかになりがちなんですが、「頑張り過ぎず、時々まじめにいこう」くらいの感覚でゆるく生きています。それでも締め切り前日〜当日は無理しないと間に合わない! という状況に陥りがちですが……。
志村 これまでで仕事がいちばんつらいと感じたのは、今より仕事量が少なかった5年目くらいでした。『どうにかなる日々』を描いていた頃なんですが、連載を終えて次の『青い花』までに少しお時間をいただけたのがリフレッシュになったというか。「今はインプットの時間だ」と割り切って、担当さんとダラダラおしゃべりしながら映画を見たり音楽を聴いたりするだけの時間があったのが良かったのかなと思います。当時よく見ていたのはホラー映画だったので、自分のマンガのどこにアウトプットされたというのかという感じですけど……。
志村 それこそ『どうにかなる日々』じゃないですけど。ネガティブなようで変なところでポジティブでもあるというか「まぁなんとかなるだろ」という思いはたぶん常にあります。本当に「しんどい」と思ったら一旦立ち止まろうというか、死なない程度に頑張るにとどめよう……みたいな心持ちでいきたいなと。「このままだと死ぬので少し休みます」みたいな。
当時ほどつらいことは減ってきたにせよ、今は今で焦燥感が拭えないこともあって。やはり映画やドラマを見たり、ゲームをしたり、散歩をしたり、何かしら別のことをして「さてマンガを描こう」と現実に戻ってくる感じです。
“独りよがり”なマンガに共感が寄せられ、逆に救われた
志村 自分が描いている内容は20年前からあまり進歩していないなと感じるんですが、読者さんの反応がダイレクトに届きやすくなった分、炎上したらどうしようとか、怒られたらどうしようみたいなことに対して昔より怯えるようになりました。ただ昔もその感覚はあって、結局は「それでも最終的には自分が良しとするものを描こう」と決めてはいました。
志村 でも、なるべく怒られたくはないよな~とは思っています。
志村 独りよがりなマンガを描いていたら共感してくださった方がいて、結果的にこちらが救われたという感じです。私なりにもう少しわかりやすく描こう、噛み砕いて描こうと気をつけるようにはなったのですが。やはり元々の頭が良くないせいか……。
志村 読者さんの目に触れる発言があまり自虐的であるのは良くないのではと、日頃控えるように気をつけているのですが……。でもやはり独りよがりなところがあるからか、感覚のまま推し進めてしまうところがどうしてもあって。無駄にポジティブなのもそのせいだと思うんですが、これからせめて良い方向に転がってくれることを期待します。
取材・文・編集:はてな編集部
お話を伺った方:志村貴子さん