女子マンガ研究家が選ぶ、心を動かす「育児・子育てを描いた作品」たち

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以前「りっすん」で隙間時間でも一気読みできるオススメ作品を紹介していただいた女子マンガ研究家・小田真琴さんに育児・子育てを描いた作品たちを紹介いただきました。

小田さんが子どもができたときに真っ先に手に取ったのは、育児・子育てについてのマンガ作品の数々。実体験を元にしたコミックエッセイ、現実ではちょっとあり得ない設定のものなど、一口に育児マンガといってもその描き方は無限にあります。

今回紹介いただいた作品は育児や子育てに対しての視野を広げる、あるいは取り巻く環境について考えるきっかけにもなるようなものばかり。作品を通して共感できる、考えさせられる、クスリと笑えて気分転換になる……など、さまざまなシチュエーション、立場を通して描かれた作品に触れ、新しい視点を取り入れ一息つくような、深呼吸の時間をつくってみてはいかがでしょうか?

※ 編集部注:以下には、作品内容に触れる情報が含まれています

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大切なことはたいていマンガから学んできた身としては、子どもができた時ももちろん真っ先に紐解いたのはマンガでした。

伊藤理佐先生の『おかあさんの扉』(オレンジページ)、東村アキコ先生の『ママはテンパリスト』(集英社)、『榎本俊二のカリスマ育児』(秋田書店)……などなど、とりあえず本棚にあった育児マンガを片っ端から読み返し、これでもう完璧だ! と、いざ実際の育児に臨んだものの、もちろんそんなことはあり得えません。しばらくは落ち着いて子どもを愛でる余裕もなく、恐怖と不安にばかり苛まれておりました。

なにしろこの小さな生きものは、私のちょっとしたミスで容易に死に得るのです。わが家の場合、妻が土日も働きに出ることが多く、かなり早い段階からワンオペ育児をしていたということもあり、その恐怖感は相当なものでした。痛感したのは「孤独」。育児とはこんなにも孤独なものなのかと、初めてその本質に触れた気がしました。

さすがにわが子も4歳ともなると、子どもなりに知恵もついてきて、意思疎通もできるようになり、見ていても乳幼児の頃のような過度の緊張感はありませんが、それでもやはり孤独感を覚えることはままあります。こんなにも大変な営みを、われわれ男は今まで女性に丸投げしてきたのです。「イクメン」とか言われて調子に乗っている場合ではありません。

男たちが育児しまくる理想郷『赤ちゃん本部長』

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竹内佐千子『赤ちゃん本部長』既刊2巻(講談社)

竹内佐千子先生の『赤ちゃん本部長』(講談社)は、そのタイトルのとおり、株式会社モアイに勤める武田本部長47歳が、ある日突然赤ちゃんになってしまうというお話です。知能は47歳のままとはいえ、なにぶんにも体が赤ちゃん。ろくに歩けませんし、すぐ眠くなるし、うんこも漏らします。優秀な部下たちの必死のサポート(=育児)によって、武田本部長は今日もなんとか働き続けるのでした。

このマンガの絶妙なところは、典型的なホモソーシャルの組織である日本の「会社」に、突然赤ちゃんが投げ込まれるという設定です。彼らは日ごろ培ったチームワークで、赤ちゃんの世話というタスクをこなしていきます。そう、この人たちはやろうと思えばやれるのですよね。これまでは単に育児が自分の仕事だと思っていなかっただけで。

その様子は微笑ましく、時に感動的です。そこにいるのは「イクメン」などではなく、ごくごく普通の男たち。誰も育児をすることに反発などせず、過剰な自己顕示もせず、当然やるべきこととしてこなして行きます。なんという理想郷でしょう。

本作は男尊女卑社会である現代日本への皮肉であると同時に、LGBTなどのマイノリティを登場させつつ、あるべき社会の理想像を描き出します。育児のみならずダイバーシティを学ぶ上でも、本作は豊かな読書体験となってくれることでしょう。赤ちゃんが生きやすい社会は、おそらく多くの人にとって生きやすい社会であるはずです。

子どもを育てることで大人も育つ『ひだまり保育園おとな組』

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坂井恵理『ひだまり保育園 おとな組』全3巻(双葉社)

逆に子育てを巡る現実をこれでもかとシビアに描くのが坂井恵理先生の『ひだまり保育園おとな組』(双葉社)。タイトルこそ「保育園」ですが、主役はそこに子どもを通わせる大人たちであります。

育児あるあるが満載の本作は冒頭からして強烈です。共働きの夫婦ならば、育児の負担は折半すべきところを、出産前から変わらぬペースで、あくまでも「手伝ってやっている」という当事者意識が希薄な夫に対する苛つきは、多くの母親たちに共感されることでしょう。私はこれを読んで大変に反省しました。母親たちには共感と解決策をもたらし、父親たちには反省を促す、親となった者たちが真っ先に読むべき育児マンガであります。

「母親になると母性だなんだって愛情だけのイキモノみたいに言われるけど 私たち 愛とかそんなふんわりしたものだけで育児してないよね」ーー坂井恵理『ひだまり保育園 おとな組』1巻 pp,24

子どもができたからと大人たちは自然と「親」になれるわけではありません。子どもを育てることで、大人たちもまた成長していきます。同性愛カップルの育児、高齢出産、夫の浮気、2人目の子作り、義理の両親との同居、児童ポルノ、保育士というお仕事……。育児に関するさまざまなテーマを扱いながら、本作が一貫して強く描くのは、女たちの連帯。言葉の調子は少々キツくても、温かなカタルシスもある、優しいマンガです。

夫婦円満も大事『モンプチ 嫁はフランス人』

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じゃんぽ〜る西『モンプチ 嫁はフランス人』既刊3巻(祥伝社)

自分が男であるせいか、男性作家が描いた育児マンガに強く惹かれます。中でも興味深かったのがじゃんぽ〜る西先生の『モンプチ 嫁はフランス人』(祥伝社)でした。

ワーキングホリデーを利用してパリに住んでいたことがある西先生は、後にフランス人女性・カレンさんと結婚し、現在では2児の父となりました。日本とフランス、2つの文化の狭間ですくすくと育つ子どもの様子が、とても楽しく描かれています。

実用書によくある「フランス人は〜しない」的な押しつけがましさはいっさいありません。お互いの文化を尊重しあうこのご夫婦ならではの柔軟な子育てが、見ていて心地よいのです。

そして本書には育児のみならず、夫婦円満の秘訣もよく描かれています。フランス流の愛情表現は、確かに日本人にはやや恥ずかしいものがありますが、それによって得られるものは決して少なくありません。ご参考までに、ぜひ。

子どもは社会で育てるもの『かぞくを編む』

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慎結『かぞくを編む』全3巻(講談社)

冒頭でも触れた私が感じた孤独感の原因の何割かは、おそらくは構造的な問題です。この社会は子どもとともに生きるための十分なサポート体制を用意できていません。つい先日も子どもを病院に連れて行くお金がなく、周囲に相談できる人もいなくて、アルバイトの女性が生後間もない赤ちゃんを死なせてしまったという痛ましい事件がありました。

こうした事件が起こる度に、マスメディアでは母親のことばかりが報じられがちです。しかし果たしてこれは彼女の責任でしょうか? そうは思いません。まずなによりも父親がいるはずですし、そして母親を孤独へと追いやってしまったこの社会の責任であるはずです。

慎結先生の『かぞくを編む』(講談社)は養子縁組のお話です。本作に際し、作者はTwitterでこのように宣言しました。「『かぞくを編む』を描こうと思ったのは、あまりにも子どもたちが軽んじられる社会だからです」*1「特別養子縁組というテーマが、子どもの福祉を、子どもは社会が育てるという当たり前のことを問い直すきっかけになれればと、僭越ながら胸に描いています」*2

家族の数だけさまざまな事情があります。養子縁組というとネガティブなイメージを抱く方も多いとは思いますが、それが誤りであることをぜひ知ってください。この作品は親たちに「あなたは1人ではない」と語りかけます。そこにあるのは子どもたちに幸せであってほしいという、大人たちの願いばかりなのです。

子どもを1人の人間として見ること『育児なし日記VS育児され日記』

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逢坂みえこ『育児なし日記vs育児され日記』既刊2巻(ベネッセコーポレーション)

……と、さまざまな育児マンガを読んできたわけですが、結局は千差万別、人それぞれ。唯一絶対の正解などというものはなく、それはもちろん乳幼児とはいえ個性があるわけですし、それは育てる側の親にしても同じことですから、必然的にそうなるわけです。自分で探り探りやっていくしかありません。

その点において東村アキコ先生は的確でした。大ヒット育児マンガ『ママはテンパリスト』で東村先生は、ネットで繰り広げられる育児論争に恐怖し、「育児に関するハウツー的な情報を一切描かない」と宣言します。結果的にはこれが功を奏し、『ママテン』は誰もが楽しめる育児マンガとなりました。

そんな東村先生も敬愛するマンガ家、逢坂みえこ先生の『育児なし日記VS育児され日記』(ベネッセコーポレーション)も大好きな育児マンガのひとつです。

本作で特徴的なのはその視点。時に赤ちゃんの側から自らと夫の様子を描くことで、逢坂先生は子どもの内面を想像しつつ、1人の主体性ある人間として理解しようと心がけているように感じます。

そしてなにしろ子どもがとても愛らしい。中でも印象的なエピソードが、1巻の69ページにあるりんごのお話。お散歩中に果物屋さんでりんごを1個だけ買って、2人で公園で食べたことを、逢坂先生のお子さんは何年も覚えていたと言います。「旅行に行ったことよりも 遊園地に行ったことよりも なつかしそうにうれしそうに話す」というネームに添えられた子どもの、りんごをかじる様子が泣きそうになるほどかわいくて、胸に迫るものがあります。

私にとっては平凡な1日も、子どもにとっては輝くばかりのスペシャルな時間なのだなあ、と改めて思い知らされました。自分の子どもはもちろんのこと、全ての子どもの幸せを守れるような社会であってほしいと、強く願うのです。


※記事中のお子さんの年齢などは、記事公開時点(2020年1月)のものです

著者:小田真琴

小田真琴女子マンガ研究家。1977年生まれ。「マツコの知らない世界」に出演するなど、テレビ、雑誌、ウェブなどで少女/女子マンガを紹介。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている。
Blog:女子マンガの手帖

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*1:慎結先生のTwitterより引用。引用元ツイートはこちら(引用日:2020年1月20日)

*2:慎結先生のTwitterより引用。引用元ツイートはこちら(引用日:2020年1月20日)