「こだわりを持たない」ことにこだわるプロデューサー、福嶋麻衣子が常に考えること

もふくちゃん

今回「りっすん」に登場いただくのは、もふくちゃんこと福嶋麻衣子さん。アイドルグループ「でんぱ組.inc」の生みの親として知られるもふくちゃんですが、今に至るまでに紆余曲折があったのだそう。インターネット黎明期からイチ早く動画配信をし、出版社勤務を経て、秋葉原でディアステージ、MOGRAのオープンに携わり、ゼロから店舗やアイドルを育ててきたもふくちゃんに、働き方や人生論を伺いました。

ネット黎明期に月5万の自宅サーバーを立てて動画配信

福嶋さんは「もふくちゃん」の名前で紹介されることも多いですが、「もふくちゃん」はインターネット黎明期から発信されていた頃のハンドルネームなんですよね。まずは当時のお話からお伺いさせてください。

福嶋麻衣子(以下、福嶋) もう13年くらい前ですね。まだYouTubeなどの動画共有サービスが浸透していなかった頃に、「これからは絶対に動画の時代が来る!」と強い確信を持っていて。それで、誰よりも先にやろうと思って、当時通っていた芸大の卒業制作として「喪服の裾をからげ」というWebサイトを作って動画配信をしました。一応、音楽系の学部だったんですが、芸大ってそこらへん自由なので。

今で言うユーチューバーの走りのような?

福嶋 そうですね。当時の言葉でネットアイドルという紹介のされ方もしていたと思います。でも、今とは比べものにならないくらい小さな配信で、同時接続人数がマックス50人とかなんですよ。1ヶ月5万円払って自宅サーバーを立てたのに。

え、5万円も! 月5万円って大学生にとっては相当な大金ですよね!?

福嶋 たぶん芸大にいた影響が大きいんですよね。いい作品を作るには、かかるお金も時間も労力もとにかく膨大で。作品制作のために徹夜を繰り返すだけでなく、必要なら作品代に何十万円もかけるなんて芸大生にとっては当たり前で、自分のことは二の次。だからパンの耳をかじるくらい貧乏なんですけど、それは作品を優先しているからなんですよね。だから、アルバイトしながら必死にでしたが、5万円のサーバー代もポンと出しちゃえる感覚があったんだと思います。

アキバのメイド喫茶仲間とディアステージをオープン

大学卒業後はどうされたのでしょうか?

福嶋 動画配信を見て下さったアートギャラリーの人からお声がかかったんです。アーティストとして呼ばれたんだと思って喜んで行ったのですが、全然そういうのではなく、スタッフとして働いてほしいという話で(笑)。でも、そこでの体験はめちゃくちゃ面白かったですね。時代はまさに「ヒルズ族」が世に出てきた頃。彼らやコレクターの方々へ絵画を売るギャラリーの仕事で、作品納品の際は「これがお金持ちの住まいかー!」と感動していました。一方で、私自身は貧乏だったので、ボロボロのシェアハウスに住んでいて。もう天と地ですよ!

一日の落差がすごいですね。

福嶋 今は「シェアハウス」って言葉があるからちょっとオシャレに聞こえますが、当時はそんな言い方なかったですからね。「カオスな家」とか「ゴミ溜め」とか、そんな扱いでしたよ。住んでいた家が、某週刊誌の「日本の底辺事情」みたいな特集に取り上げられたくらいです(笑)。

そうだったんですね(笑)。

福嶋 そうこうしていたら、芸大つながりで出版社の方と知り合って、雑誌編集やウェブ周りのことをして働くことになりました。当時からポップカルチャーやアイドル関連のことをやりたい気持ちがあったので、近い世界のことを学べるいい環境でしたね。同時期くらいに並行して、仲間と一緒に秋葉原のディアステージも始めました。2007年頃だったと思います。

もふくちゃん

ディアステージは、のちにでんぱ組.incなどのアイドルが誕生するライブスペース&バーですよね。最初は友達と一緒に趣味感覚で始めたということでしょうか?

福嶋 はじめは、本当に同人的でした。この頃ってメイド喫茶全盛期で、まだまだアイドルも今のようなブームになっていなくて。メイド喫茶とAKB劇場が同じビルにあって、でもまだメイド喫茶のほうが知名度があった気がします。その後の時代を象徴する建物やコンテンツがどんどん出てきた時期でした。

メイド喫茶ブームによって、それまでアキバ=電気街のイメージだったのが、アキバ=メイドというイメージが強くなったのを覚えています。

福嶋 そのカルチャーが大好きで、毎週末アキバのメイド喫茶を巡っていたんですよ。芸大つながりの友人とかもだんだんアキバに興味を持ち始めていて、面白いお店や、面白い人を紹介してもらって。そういうアキバカルチャー好きの仲間たちが「アイドルとメイド喫茶を掛け合わせたら、俺たちの理想のメイド喫茶が生まれる」とか「毎日、路上ライブをやりたい」とか話していて。それが、ディアステージへとつながっていくという。

めちゃくちゃ楽しそうな立ち上げですね! 当時はどんな人たちがディアステージで歌ってたのでしょう?

福嶋 元メイドとか、アキバに通っていたオタク女子が多かったです。「歌手になりたい」とか「アイドルになりたい」とか様々な夢を持った子たちが集まってきていました。ただ、ステージと言っても名ばかりで、ガムテープでバミって「ここからここまでがステージです」となってるだけだったんですけど(笑)。このディアステージがオープン3ヶ月くらいですごく盛り上がって、ちゃんとやりたいという思いが強くなって、出版社を辞めてディアステ一本に絞ることにしました。

小3にしてBASICを操っていた

でんぱ組.incはどのような経緯で誕生したのですか?

福嶋 ディアステ立ち上げ当初から働いてくれていた未鈴ちゃん(古川未鈴)から、アイドルユニットをやりたい、と相談されたんです。未鈴ちゃんはずっとアイドルになりたくて、でも挫折も味わってという経験もあったから、どうしてもやりたい強い思いがあったんですよね。私はアキバポップや電波ソングが好きだったので、そういう楽曲を歌うユニットならいいかも、と私と未鈴ちゃんのお互いの思いからでんぱ組.incが生まれました。

dempagumi.tokyo

福嶋さんは動画配信をしていた頃、ご自身でも顔出しをされていたかと思うのですが、自分がアイドルとして出る側になる選択肢ってありましたか?

福嶋 動画配信はあくまで「最新の技術を使って配信をしたい」というのが目的で、そもそも私、出るよりも作る側のほうが好きなんですよ。それは昔からで、高校生の頃、音楽系の高校に通っていながら、JavaScript(プログラミング言語の一つ)を組むアルバイトをしていて、将来はプログラマーになりたいと思っていたくらい。中学生の頃はHTML(Webサイト制作に必要な言語のこと)の作成支援サイトを作っていました。テキスト装飾に必要なタグを用意して、「コピペしてね」とかやってましたね(笑)。

うわ、懐かしい!(笑)

福嶋 さらに遡ると、小学3年生でBASIC(プログラミング言語の一つ)を学んで、夏休みの自由研究でBASICを使ってゲームを作りました。

えっ! すごい! 小3で!

福嶋 たまたま、昔から家にパソコンがあったんですよ。ただぼんやりと家にある機材を勝手に使っていただけで、世の中にどんなコンピューター関連の仕事があるのか全然知らなかったんですが、知ってたら早くからそっちの路線に行っていたかもしれません。

img

まだ家庭にパソコンがあること自体が珍しい時代ですよね。小3でそこまで本格的にやっていた人はなかなかいないですよ……。

福嶋 今思えば、小3でBASICやっている女子として親がもっと売り出してくれたらよかったのに(笑)。高校ではピアノをやっていたんですが、ピアノ大嫌いでしたもん。エラーになったときにちゃんと考えると答えを導き出せるプログラミングと違って、ピアノって正解がないから。それでパソコンに逃げていたのかもしれません。

まあ、アイドルプロデュースもプログラムみたいに入力したら言うこと聞く、というものでもないから難しいんですけどね。

素材を活かしたアイドルのプロデュース方法



でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」MV【楽しいことがなきゃバカみたいじゃん!?】

それこそ最初はノウハウも何もないですよね。そこは本当に手探りで?

福嶋 物販の売り方すら知らなければ、衣装や振り付けを外注できることも知らなかったレベルです(笑)。振り付けなんて最初はメンバーが全部自分でやっていましたし。毎日現場にいるようにして、ほかのアイドルライブにもたくさん行って見て盗んで、ほとんどのことを外注せずに自分たちで手作りして……、完全にDIYでした。

プロデューサーの仕事をやっていくうちに心掛けるようになったポイントって何かありますか?

福嶋 これは人によって様々かと思うのですが、私は素材を活かすようにしています。自分の理想通りに内容を詰めていくというよりも、目の前の女の子を見て、この子たちを輝かせるなら延長線上にこういう未来が見えるな、と。例えば、当初はでんぱ組.incに関しては普通の恋愛の歌詞にするのはちょっと違うよね、と思っていて。でんぱ組.incの子たちはオタクだから、恋愛じゃないんですよね。オタクの子って恋愛の話よりも自分の萌えとか好きなものとか、とにかく趣味の話をしたがるから。

確かにそうですね。

福嶋 彼ピッピが、みたいな歌詞じゃダメなんですよ。自分のことを語る歌詞にして、聞いた子たちが励まされたり、背中を押されたりする歌詞が、グッとくるなと思ったんです。

グループ全体に関しては、素材を活かすために、後付けで足りない要素を継ぎ足して補強するようにしています。アキバが当時は「ダサい」と見られていたから、あえてファッション系に寄せていくとか。

どの要素が足りないかは、どうやって見定めているのでしょう?

福嶋 マーケティング、というと嫌な言葉ですけれど、そういうのを考えるのが結構好きなんです。もともとシミュレーションゲームオタクで、「シムシティ*1」から始まり、あらゆるシミュレーションゲームをやってきているのですが、それと似たような感覚でやっています。このアイドルを好きな人は、どんな生活をしていて、どんな服を着て、休日はどこに出かけるんだろう、とその人の一日の過ごし方をかなり細かくシミュレーションするんです。

こういう一日を過ごすお客さん相手なら、グループにこの要素を入れればよさそうだ、とか?

福嶋 そうそう。あと、ドライブしたり、電車に乗ったりしているときに、人の家の中をめちゃくちゃ見るんですよ。どんな間取りで、どんな照明で、こういう家にはどんな人が住んでいるんだろう、とか。モノレールなんかは最高に好きですね。マンションの様子が見えるので、窓に張り付いてガン見します(笑)。

へええ~! それは全然興味がないタイプの人の家でもってことですよね。

福嶋 私、嫌いなものがないんですよね。自分と全然違うタイプの人でも、その人の生態を知りたくなっちゃって。昔から飽きやすくて、一つのものを追いかけるのが向いてなかったんですよ。雑誌も、アウトドアしないのに「山と渓谷」を読んだり、園芸しないのに「趣味の園芸」とか読んだり。園芸界では今これがブームなのか、なるほど、みたいな。

お話を伺っていると、あの要素が足りない、とか、マーケティングが、とか、めちゃくちゃ冷静にグループを見ていらっしゃいますよね。でも、何もないところから育ててきたコンテンツの場合、思い入れもあってなかなか冷静な目線を持つのが難しくはないでしょうか?

福嶋 それはすごく意識しているんです。グループを好きになるのも大事なんだけど、一方であまり入れ込みすぎないようにして、第三者的な冷めた目線を常に持つようにしています。知らない人が見ても、何か少しでも面白いと思ってもらえるものにしないといけないので。

「こだわりを持たない」というこだわり

fukushima

働く上で何かこだわりって持っていらっしゃいますか?

福嶋 こだわりはなくて、むしろ、「こだわりを持たない」ことにこだわっている……のかもしれない(笑)。いくら年間スケジュールを立てて、ここでシングルを出して、と売り出そうとしても、アイドルという人間を扱う仕事なので、イレギュラーなことも出てくるし、計画は平気で全部崩れますからね。アイドルだけでなく、発注するクリエイターやスタッフの人たちに対しても、みんなが働きやすいように、自分は常に柔軟でいようと思っています。レタッチ一つでも、クリエイターさんが働きやすいと思ってくれていると、キランッてかわいくしてくれるんですよ(笑)。

レタッチにも差が出るんですね(笑)。

福嶋 クリエイターって、お金じゃなくて"気持ち"の人たちだと思うので、彼らがいかにこのプロジェクトを好きかが大事で。気持ちの入った作品ってやっぱりあるんですよ。そういう仕事ってやっぱりお客さんにもちゃんと伝わります。

本当に大事な人間関係って、自分が自然体でいること

こうして時系列で伺ってきて、福嶋さんは淡々と語っていらっしゃいましたが、よく考えたらすごい話がいくつもありましたよね。貧乏生活から出版社の社員になったのに、その安定をあっさり捨ててディアステージ一本に絞ったのとかも、勇気のいることだったのではないでしょうか?

福嶋 それが、全然リスクとか考えたことがなかったんですよね。大学で講義をしたことがあって、そのときも「起業って怖くないですか?」とか「リスクが……」とかよく聞かれたんですが、もともとが何もない貧乏生活から始まったから、失うものが何もなくて。一文無しになってもあの時代に戻るだけだし、あれはあれで楽しかったし、と思っている節があります。

ここまで成功された今もなお、その感覚でいるのはすごいですね……!

福嶋 基本的に色々なことに執着がないのかもしれません。もちろん、今一緒にやっている仕事上の仲間は大事にしますが、仕事にしろプライベートにしろ、何が自分にとって幸せかを常に考えています。だから、一緒にいても幸せな時間を過ごせない相手なら、無理に関係を続けなくてもいいかなって。ワガママな考えだけど、それでいいと思うんですよ。私は一度きりの人生、一秒たりともそういう無意味な我慢をしたくないから。

確かに、友達やコミュニティ、職場など、ストレスを溜めながらも現状にしがみつこうとする人は多いかもしれません。

福嶋 本当に大事な人間関係って、自分が自然体でいることで、気づいたら自然に一緒にいる、という人たちだと思っています。現状を失ったとしても、いざとなったらそこらへんに生えてる草を食べればいいかなって思っているので(笑)。アウトドア雑誌を読んでいるおかげで食べられる野草には詳しいので、何とかなります!

img
取材・執筆/朝井麻由美
撮影/関口佳代

お話を伺った方:福嶋麻衣子さん(もふくちゃん)

もふくちゃん

東京都出身。ライブイベントスペース「秋葉原ディアステージ」やアニソンDJバー「秋葉原MOGRA」を立ち上げ、アイドルプロデューサー、音楽プロデューサーとして「でんぱ組.inc」「虹のコンキスタドール」などを手がける。

Twitter:@mofuku

次回の更新は、2018年9月12日(水)の予定です。
※2018年9月5日19:50ごろ、記事の一部を修正しました。ご指摘ありがとうございました。

編集/はてな編集部

*1:都市経営シミュレーションゲーム「シムシティシリーズ」の第1作目