こんにちは〜! ライターの吉野です。

みなさん、「人形劇」を見たことはありますか?

 

私は小さい頃、保育園で毎年必ず一度は見ていたのですが、人形がまるで生きているかのような動きや楽しいセリフに声を出して笑っていたのを覚えています。

 

大人になってから、人形劇は人間の演じる演劇や映画とは違って「遠い存在のもの」と思っていました。ですが、ある日、ジモコロの編集者から「国内最古の歴史を持つ現代人形劇団が都内にあるよ!」と教えてもらい、詳しく調べてみると……

 

そこは、戦争という困難な時代を乗り越えて続き、NHKのテレビ番組『いないいないばあっ!』や『ざわざわ森のがんこちゃん』など、アニメ番組から有名アーティストのMVまで、さまざまな人形製作も担当している、まさに日本の人形劇界を支えている劇団だったのです。

 

特に『いないいないばあっ!』の「ワンワン」は、誰でも一度は見たことあるはずですよね。

 

NHKEテレ いないいないばあっ! STUDIO NOVA

 

「これはチェックしなければいけない!」と思い、新宿駅近くにある専門劇場「プーク人形劇場」に行ってきました。

 

「人形劇団プーク」が生まれたのは、今から93年前の1929年です。現在の劇団員の数は約50人、劇場管理部門が約10人、映像部門『スタジオ・ノーヴァ』のメンバーは約20人、合計で約80人所属しています。

 

本拠地となる劇場は、人形劇専門として50年前に日本で最初に建てられ、約100人が収容可能。現在は人形劇から落語まで、多様な公演を行っています。

 

今日は、そんな歴史ある劇場で、劇団員の方にお話を聞きました。

 

■話を聞いた人

写真左:池田日明さん……音響、新聞「みんなとプーク」執筆担当。在籍7年目。

写真中央:山越美和さん……役者担当。在籍18年目。

写真右:佐藤達雄さん……役者、劇場管理部門を担当。在籍53年目。

 

「5才から88才まで」を合言葉に上演

「初めて劇場に来たのですが、レトロな空間ですね。あれっ、座席に座っている方たちって!?」

「歴代のプークの人形たちです。せっかくの機会なので、今日は倉庫から連れてきました」

 

かわいいけど、表情がちょっと怖くてハロウィンの人形みたい?

 

「普段はどんな人形劇をやっているんですか?」

「主に子ども向けの人形劇をやっています。児童書としても有名な『エルマーのぼうけん』や、国語の教科書に載っていた『くまの子ウーフ』もよく公演していますよ」

 

撮影:濱田英明

 

「劇団ができた時から子ども向けの人形劇をやっていたのでしょうか?」

戦後は『5才から88才まで』を合言葉にして、大人向けにマリオネット(糸あやつり人形)の芝居もやっていたんですが、1964年に公演した『エルマーのぼうけん』をきっかけに子ども向けにシフトしていきました。その時は、保育園の先生から子どもの心理を勉強して、子ども用の芝居を作ったんです」

「最初は大人向けの芝居もやっていた中で、子ども向けに変わった理由は何でしょう?」

「1960年代にテレビの普及がきっかけで、子ども向けの人形劇が増えたんですよ。私たちもテレビに出られるようになってから色んな方面で声がかかるようになりました」

「テレビと言えば、プークの映像部門『スタジオ・ノーヴァ』には小さい頃からお世話になりました!『いないいないばあっ!』は新シーズンになった今でも見ています」

「やっぱりテレビってすごいですね。出始めると劇団の知名度も収入も大きく変わりましたから」

 

戦火をくぐり抜けてきた劇団の歩み

「元々、どうして90年以上も前の日本で人形劇団が生まれたんですか?」

「1910年代半ばにヨーロッパで起こった前衛芸術運動『ダダイズム(Dadaism)』は人形劇にも影響を及ぼしていたんです。ドイツ留学から帰国した村山友義の美術活動に、旧制開成中学の同窓生が刺激を受け人形劇のサークルを始めたのが前身です」

「開成中学って、めっちゃエリート校ですよね……」

「そう、いわゆるインテリですね。そんな彼らが人形劇に魅了されたんです」

「『人形劇団プーク』という名前で活動し始めたのもその頃ですか?」

「劇団のスタートは、1929年の世界恐慌が起こった年です。当時、日本中の多くの人が失業と低賃金に苦しむ暗い時代で。ヨーロッパの人形劇、文楽に負けない舞台を! という意気込みで取り組んだそうです」

「当時の反響はどうだったんでしょう?」

「人形劇専門の劇団という物珍しさもあって、観客は集められたようです。ただ、第二次世界大戦が始まると軍国主義の戦時下では言論や思想の自由はなくて。社会風刺を含む人形劇は危険視され、台本を政府に検閲されていたんです。童話『裸の王様』は天皇制批判と捉えられて、上演禁止になったりしたんですよ」

 

舞台の台本は事前に政府に提出し、政治的な箇所があれば赤文字で消されたそう

 

「『裸の王様』は権力者のおごりを笑い飛ばすお話ですよね。たしかに軍国主義の中では上演が難しそう……」

「なので、『王様の新しい着物』と名前を変えてこっそり上演していました(笑)

「それでバレなかったんですね(笑)。プークという劇団名は戦時中も変わらなかったんですか?」

「いや、途中で使えなくなったそうです。パンチ座、お人形座、ユーナ・プーポ……と3度も劇団名を変えて活動を続けていました。そうしているうちに、治安維持法違反容疑で団員が次々と逮捕され、活動停止に追い込まれてしまって

 

「そんな……」

「メンバーの大半が敗戦までの間に獄死や戦死してしまいました。けれど、創立者の弟が生き延びたことで、戦後に再出発することができたんです。今もプークが存在するのは、いろんな圧力を受けながらも、命がけで人形劇を守り抜いた劇団員のおかげなんですよ」

「愛らしい人形たちの背景に、こんな歴史があったとは思いもよりませんでした」

 

劇団の名前の由来は「エスペラント語」!?

「一般的に演劇業界ってビジネスと芸術の狭間で揺れることが多いと聞くんですけど、プークも財政的に難しい時期ってあったんですか?」

「正直、ありましたね。ただプークは舞台を中心とする『劇団プーク』、人形劇場の管理運営を行なう『プーク人形劇場』、映像人形劇の専門チーム『スタジオ・ノーヴァ』の3つの独立会社を成立していて、稼ぎ口をそれぞれ分けて支え合っていて。なので、劇団が潰れるということはありませんでした」

「ひとつの会社の経営がダメになってしまったら、他の会社が支える仕組みになっている。まさに三権分立!」

「劇場が完成した時に『劇場は大きな資産だから、それを無くさないように』ということで、3つの会社を独立財団として分けたそうです。いやあ、分けて本当によかったと思いますよ(笑)」

「ちなみに、皆さんが『劇団で働く』と決めた時、ご家族のリアクションってどうでしたか?」

「反対はありました(笑)」

 

「(笑)」

「劇団に入ったのが30歳近い年齢だったこともあり、父からは『もう少し安定した職に就いて欲しい』と。だけど、同じ劇団員との結婚をきっかけに、今は見守ってくれているようです」

「それはよかった〜! ずっと気になっていたんですけど、劇団の名前『プーク』って何の意味ですか?」

「プークの名前の由来は、エスペラント語から来ているんです」

「エスペラント語??」

エスペラント語は、18世紀後半にポーランドで誕生した人工的な国際共通言語です。人工言語なので、特定の国や民族によって話されている訳ではないんですよ。あの宮沢賢治も魅力に惹かれて学んでいたと言われています」

「じゃあ、プークはエスペラント語で何と言うのでしょう?」

ラ・プーパ・クルーボ(LA PUPA KLUBO)」から来ていて、ラは英語でいう冠詞、プーパは英語のパペット(人形)、クルーボはクラブ、訳すと『人形クラブ』という意味で、その頭言葉をとっています」

 

劇場の建物にはエスペラント語や終戦記念日など、プークの歴史が刻まれている

 

「世界の平和を願ったプークだからこそ、エスペラント語を選んだんでしょうか」

「数ある言語の中からエスペラント語を選んだのは、『人種を問わず、平和に貢献できる人形劇を創りたい』という決意表明でした。やっぱり創立したメンバーが戦争を体験した世代だったからこそ、平和への思いが人一倍ありましたからね」

「平和を願うプークの活動を心から応援します!!」

 

人形とはあくまで「仕事上の付き合い」

「正直、舞台で人形を自分の思い通りに動かすのって大変じゃないですか?」

「そうですね。人形操演者は、ずっと手で重い人形を持っていなきゃいけないし、操演と同時にセリフもあるので……『これは自分が役者として演じた方が楽だなあ』って思う時もありますね(笑)

「えっ!(笑)。それでも人形を用いる理由って何ですか?」

「やっぱり様々な役柄に挑戦できるからです。女性の体で演じられるものは限られてくるんですけど、人形なら子どもやライオン、石など何でも自由に演じることができるんです」

「楽じゃないけど、自由なんだな」

「そうですね。役者は日々、限られた人形劇の世界で何ができるかを考えています」

 

「私はぬいぐるみが大好きで、ぬいぐるみを持つと年齢や性別を忘れて子ども時代に戻る感覚があるんです。まるで自分が自分じゃなくなるみたいな……。みなさんも人形を持つとそんな風に感じますか?」

「その感覚は分かります。だけど、役者は芝居のことを一番に考えないといけないので、普段から一歩引いて人形と接していて。まるで『仕事上の付き合い』みたいな関係なんです(笑)」

「思った以上にクールな付き合いなんですね」

「だけど以前、大先輩が長年担当されていた人形を引き継いだ時は、人形から『あなた、私のことを遣えるの?』みたいな緊張感を感じました。操演している人形と演者の顔が自然と似てくることもありますし」

 

「人形劇に対する子どもたちの反応って、どんな感じなんですか?」

「やっぱり最初は、子どもたちは『あ〜っ! 後ろに人がいる〜』って言うんですよ。けど、物語が進んでいくと、自然と役者が見えなくなって人形に視線を集中するようになって」

「引き込まれていくんだ!」

「人形の顔の造形って、物語によって全然違うのに、どんな顔の人形でも子どもは『今、悲しいのかな? 嬉しいのかな?』って自然と感情を見つけていくんです」

「やっぱり人形には子どもの心や感情を変化させる力があるんですね。以前、ジモコロで人形文化研究者にお話を聞いた時にも『子どもにぬいぐるみを腹話術のようにして話すと、すんなり言う事を聞いてくれます』と言っていました」

「そうなんですよね。私は仕事のクセで、自分の子どもにも人形を使って会話をしています」

 

「えっ、お子さんと人形はどんな風に会話するんですか?」

「子どもはライオンの片手人形に『ライライ』と名付けてよく一緒に遊んでいて。例えば歯磨きを嫌がる時に『ライライが歯磨きするとこ見たいって!』というと、ライライにかっこいい所を見せたいのか、素直に話を聞いてくれるんですよ」

「なるほど! 息子さんにとってはお友だちなんですね。そういう話を聞くと、やっぱり想像力豊かな子どもたちにこそ人形劇を観てほしいな」

「そうですね。だけど、劇団が『5歳から88歳まで』の言葉を掲げているのは、親御さんのためでもあるんです。子どもは親と一緒に観にくるので、そうなると親御さんが飽きるような芝居はできない。なので、大人でも楽しいと思える舞台作りも大切にしています」

人形は、人間の想像力を映す鏡のような存在

1971年から毎年上演されている『12の月のたき火』の人形たち。左から青年イリヤ、主人公の少女マルーシャ、火の精

 

「先ほど、山越さんが『人形とは仕事上の付き合い』って話していたんですけど、劇団の先輩の著書には『魂の依代でもある人形は、借り物の命を生きている』というようなことが書かれていて。劇団員は少なからず、人形にある種の生命感を感じていると思います」

「まさに今日、プークの人形たちを見て『どの子も長い間大切にされたから優しい顔をしていているなあ』と感じていました。目に見えない感覚が宿るんですね……。劇団員のみなさんから見て、人形って世の中でどんな存在だと思いますか?」

人形は、人間の想像力を映す鏡のような存在でもあると思います。例えば、人形に対して『おはよう』と言って、返事が返ってくると思うか、または『馬鹿馬鹿しい』と一蹴するかは、受け手の心の状態に掛かっているのではないでしょうか?」

「『人形と会話する』という行為に対して、豊かな想像力を感じるか、冷笑的になるか。そこには、社会の余裕のなさみたいなものも現れそうですね!」

「とはいえ、人形は生き物とは違って自力でからだを動かしたり、感情を表したりすることができません。表情の変わらない人形から、子どもたちが喜びも悲しみも、たくさんの感情を受け取るのは、想像力があるからですよね」

「理論物理学者のアインシュタインが『想像力は知識よりも大切だ。知識には限界があるけど、想像力は世界を包み込む』と言っていたんですけど、まさに想像力こそ世界を豊かにする能力なんだと思います」

 

「大人の方が子どもに観せる前に『難しくて理解できないのでは?』と心配されることもあります。でも、子どもたちはたとえ言葉にできなくても、何かしらの形で人形劇から受け取ったことを教えてくれます。絵に描いてくれたり、ダンスで教えてくれたり、きっと何年後かに自分なりに表現してくれるはずです」

「私も年齢を重ねて硬くなった頭を柔らかくするために、人形劇を見て想像力を鍛えたいと思います!」

観劇に来られたお客さんと人形を操作する役者の想像力によって、人形は舞台に詩をもたらし、空だって飛んでいきます。プークの舞台ではたくさんの人形に、役者、そしてそれを支えるスタッフたちが皆さんのお越しをお待ちしています。ぜひ公演に足をお運び下さい」

まとめ

「日本最古の人形劇団を見に行きたい」という動機から始まった今回の取材でしたが、人形劇団プークの歴史の深さに触れると、人形劇の活動を通して「平和」を守ろうとしている劇団の意志にとても感動しました。

 

インタビュー中に劇団員の池田さんが、人形は、人間の想像力を映す鏡のような存在とお話されていました。改めて人形が社会に与える役割について考えてみて、お芝居のもの、家族のような存在であっても、共通しているのは「人間の想像力に寄り添ってくれる、なくてはならない存在」だということ。

 

「観劇に来られたお客さんと人形を操作する役者の想像力によって、人形は舞台に詩をもたらし、空だって飛んでいきます」

 

この一言を聞いた時、なんて人間にそっと寄り添ってくれる優しい言葉なんだと思いました。

 

想像力という翼があるお陰で、私たちは行けないところに行き、見えないところを見ることができます。人形はその翼を授けてくれる存在のひとつなんですね。

 

人形劇団プークは、夏の公演『エルマーのぼうけん ファイナル!』が上演中です。ぜひ気になった方は会場まで足を運んでください!

 

☆お知らせ

「紀伊國屋書店提携 夏の公演 エルマーのぼうけん ファイナル!」

日時:2022年7月28日(木) ~ 2022年7月31日(日)

少年エルマーは、捕まったこどものりゅうを助けるためどうぶつ島に乗り込むが、そこには様々な困難が待ち構えていた・・・。数々の障壁を、知恵と勇気とユーモアで切り抜けていく少年エルマーの姿を描いた迫力の冒険物語。

原作者のR.Sガネットさんも来日観劇され大好評だった舞台が、日本中の皆さんに愛されて、この夏ついにファイナル公演を迎えます。夏休みにご家族と、お友達と、大人の方お一人でも大歓迎! エルマーと一緒に、心震える時間を過ごしませんか?

チケット情報:https://puk.jp/

 

撮影:飯本貴子