「いらすとや」の作者・みふねたかしさん協力のもと、「明るめの前向きになれるニュース」を届けている『いらすとキャスター』。

 

サカナクション・山口一郎さんと小川彩佳キャスターの対談を文字起こしした記事がバズった、noteの「NEWS23」スタッフノート。

 

そしてわたくし、ジモコロ編集長・柿次郎がホストを務める、ウェブやソーシャルメディアを活用した新しい形の報道番組『Dooo』。

 

インターネットが大好きなジモコロ読者の皆さんなら、どれかしらは目にしたことがあるのではないでしょうか。実はこれ全部、TBSテレビ報道局・デジタル編集部のお仕事。報道局デジタル編集部の池田誠さんという人が仕掛けています。

 

池田さんはもともと「TPP交渉の裏側」や「税金の無駄遣い(調査報道)」なども取材してきたバリバリの報道記者です。

それがいまでは、本職のウェブ編集者顔負けのヒット企画を連発。そしてその裏側では、noteの書き起こしからSNS公式アカウントの「中の人」までを自らやっていたりするらしいのです。

 

なんで報道マンがこんなポップな企画を連発してるの?

「もっとテレビの仕事しろ」って怒られないの?

そんなに働いてて死なないの?

 

テレビ局のデジタル施策の裏側について、山ほどある疑問を柿次郎がぶつけてきました。

 

なんでデジタル? なんで『Dooo』

柿次郎「TBS NEWSのデジタル部門『ソーシャル強化チーム』は池田さんがゼロから立ち上げたそうですが、もとはバリバリの記者だったわけじゃないですか。どうしてデジタルを?」

池田さん「記者をやっていた時から、なんとなく年々ニュースが届きにくくなっている感覚があって。特に若い世代にニュースを届けるためには、テレビにばかり固執すべきではないのでは、と考えたのがきっかけです」

柿次郎「若い人にニュースを届けるためにインターネットをもっと活用しよう、と」

池田さん「はい。8年前に最初に提案した時は『とはいえテレビ局だから』と諌められたんですが、紆余曲折を経て2017年4月に立ち上げることができました」

柿次郎「ずっとインターネットを主戦場としてきたぼくらからすると、ジモコロ的なものでさえ年々届きにくくなっていると感じます」

池田さん「たしかに評価のスパンがどんどん短くなっていて、ジモコロ的な『中長期の視点で見るといいもの』はなかなか出しにくい世の中かも知れませんね」

柿次郎「5年後、10年後までちゃんと残るような。そうなんですよね〜。そこに抗っていきたい気持ちもあるんですけど……」

池田さん「テレビの世界でもそうで、調査報道のような中長期的な価値を追うコンテンツは取材しづらく、評価されづらくなっていて

柿次郎「ほほう。それはやっぱり視聴率至上主義的な?」

池田さん「そうですね。視聴率がどうでもいいとは思いませんよ。でも、評価基準がそれひとつしかないというのは違うのではないか、と。芸能人のゴシップ的なものもそれはそれであっていいと思うけれど、作り手としてはやっぱり、長い年月が経っても価値の変わらないものを信じたい気持ちがあります」

 

池田さん「柿次郎さんにホストをお願いしている『Dooo』には、実はそうした思いも込めています。現状は、テレビそのものでいきなり中長期的な価値を追求するのは難しい。であれば、まずはテレビとは別のいろいろな場所で、それを試したらどうか、と

柿次郎「中長期的な価値を追うための、実験場としての『Dooo』」

池田さん「『Dooo』のゲスト出演者の多くは一般に広く知られた人ではありませんし、15分の長尺というのも、テレビの報道番組のセオリーからは完全に外れた作り。けれどもテレビ側のプロデューサーもちゃんと見てくれているようで、『コメンテーターとして起用したいから、『Dooo』に出演していたあの人とつないでほしい』と声がかかるようなことが起きていて」

柿次郎「テレビ慣れしていない人を尺の決まったテレビにいきなり呼ぶのはリスクが高いけれど、たとえば『Dooo』のような場があることで、いままでにはなかったチャレンジもできるようになる」

池田さん「1年間やり続けたことで、少しずつですが成果は出始めていると感じます」

 

ニュースを電波に乗せればOKの時代は終わった

柿次郎「『TBS NEWS』と『NEWS23』、『いらすとキャスター』のソーシャルアカウントは池田さんが自ら管理していると聞いたんですけど、本当ですか? どんだけ働いてるんですか。ひょっとして影武者が……」

池田さん「影武者じゃなくて自分でやってます! 他にも中の人はいますけど。なぜなら、ソーシャルアカウントというのはテレビ局と視聴者との直接の接点。デジタルとはいえ、そこにはリアルで人と人とが対面する場合と同じ責任が生じる。誰でもがやれる仕事ではないと思っていますから」

柿次郎「ほほう。テレビ局の上の人がそれをやっているのはやっぱりビックリです」

池田さん「というのも、さっき触れた『ニュースが届かない』問題って、結局はこれまでのテレビ局が、デジタルやSNSの場でちゃんと視聴者と向き合ってこなかったからなんじゃないかと思うんです」

柿次郎「どういうことですか?」

 

池田さん「テレビ局が持つ電波の力があまりにも強力だから、『ニュースを報じたらそれで終わり』という姿勢だったのではないか、と。でもそれは間違い。いまはもう、テレビが報じていればイコール信頼できる情報と見なされる時代ではなくなってきていますよね」

柿次郎「たしかに、昔ながらのマスメディアの報道姿勢にはむしろ反発する人も多そうです。ネット発のインフルエンサーが芸能人以上の影響力を持つ例もたくさんありますし」

池田さん「そういう時代であることを考えたら、テレビ局だってソーシャル上やウェブ上でもきちんとした姿勢で視聴者と向き合わないと、信頼関係は築けないんだと思うんです」

柿次郎「なるほどー! 信頼関係かあ」

池田さん「昨年10月にスタートした『いらすとキャスター』の『明るめのニュースだけ届ける』というコンセプトも、受け手の気持ちを考えたニュースのあり方、届け方があるんじゃないかという発想から生まれています」

 

柿次郎「『いらすとキャスター』はシリアスな事件事故を扱っていないんですよね」

池田さん「作り手としてはもちろん、いろいろなニュースに目を通してほしい思いがあります。でも、受け手側にもさまざまな人がいるはずなので。柔らかいニュースだけを扱う、あるいは硬いニュースも少し柔らかくすることでこれまで届かなかった人にまで届くのであれば、そこには社会的意義があるはずだ、と」

柿次郎「ぼくの周りにも『暗い話ばかりだからニュース番組は見ない』という人がいますが、そのせいで明るくてタメになるニュースまで見逃していたかもしれないわけで」

池田さん「そうした意義を掲げてダメ元で交渉したところ、『いらすとや』のみふねたかしさんがとても共感してくれて。彼が破格で協力してくれていなかったら、『いらすとキャスター』は生まれていませんでした」

柿次郎「そうやって受け手側の立場で『こうだったらいいな』と思うものをひとつひとつ実現していったら、案外ニュースはもっと届くかもしれないですね」

池田さん「まさに。途中から字幕を出すように改善したのは、ぼく自身が移動中に無音で見ていて、映像だけだとよくわからないことに気づいたのがきっかけでした」

柿次郎「池田さん自身の『こうだったらいいな』があったのか〜」

池田さん「そういう地道な改善もあって、『いらすとキャスター』は今日までに2000万リーチ以上。まだまだではあるけれども、こちらも手応えは感じています」

 

オンエアにのらない『残り95』に込められた記者の汗

柿次郎「『NEWS23』をnoteに書き起こしするのも池田さんがやっているんですよね。あれはどういった意図があって始めたんですか?」

池田さん「オンエアをそのまま書き起こしているものもあれば、オンエアにのらなかった話を載せている場合もあります。先日バズったサカナクション山口さんの記事は後者。取材同行したディレクターの話を聞いて『そんなに面白い話があるなら、それを出そうよ』と」

柿次郎「取材こぼれ話的なことですね」

池田さん「テレビの尺は決まっているから、『100』取材したとして、オンエアにのるのはせいぜい『5』。残りの『95』はこれまで世に出ることがなかった。こうした残りの『95』に込められた記者やディレクターの汗をもっと出せないかと思って始めたのがnoteです」

 

政治経済から国際問題、カルチャーまで、NEWS23で扱う幅広いニュースの裏側を紹介するスタッフノート

 

柿次郎「わかるなあ。ぼくらも取材で聞いた面白い話はできるだけ読者に届けたいと思うから。毎回『70』くらい詰め込んでしまって、話が本題から脱線したり、ついつい長くなっちゃったりするんですけど……」

池田さん「まあ、その脱線がジモコロの面白さだったりしますもんね」

柿次郎「『若い人は長い記事は読まない』とかもっともらしく言われるけれど、実際に『NEWS23』のnoteはあれだけバズっているわけじゃないですか。長かろうが、テーマが難しかろうが、コンテンツの力があれば読まれるってことなんだろうなあ」

池田さん「コンテンツ力という点で言えば、記者の中には中長期に渡ってひとつのネタを追い続けている人もいます。たとえば、TBSの社会部の記者は新人時代に必ず日航機事故の御巣鷹山を登るんだけれど、その後も毎年登り続けて、遺族との交流を『悲しみを抱きしめて』という本にした記者もいる」

柿次郎「もうライフワークのように」

池田さん「そう。日々の仕事とは別にもうひとつ自分の軸をもって報道を続けている記者が、実際にはたくさんいるんです」

柿次郎「だからこそ読む人の心を動かす力があるんでしょうね」

池田さんでも、これまではそういう人たちの仕事が陽の目を見る機会が限られていたんです。折に触れてニュース番組の企画にするか、深夜のドキュメンタリー枠くらいしか吐き出し口がなかった」

柿次郎「そう聞くと実にもったいない……」

 

池田さん「その点、noteなどのウェブにも出せば、新たなタッチポイントを作れるじゃないですか。影で努力する人が報われるような、そういうこともどんどんやっていきたいと思っています」

柿次郎「もともとのコンテンツ力が強いから、活かし方次第で面白いことはいくらでもできそうですよね」

池田さん「ぼくとしてはやっぱり、そういう取り組みを積み重ねることで、社会なり人の人生なりが豊かになるような情報を届けたい。『それまで知ろうとも思わなかったけど、たまたま見て考えさせられた』とか『なかった選択肢が増えた』とか。それを生み出すことこそが、本来のわれわれの仕事ではないかと思うんです」

柿次郎「中長期的な視点は、ぼくらも同じです。知らなかったことを知れば知るほど、世の中は面白いものとして映るはずだから」

池田さん「うちの会社は、中長期的な取り組みが比較的多いほうじゃないでしょうか」

柿次郎「そういう番組づくりでいえば、やっぱりNHKが強いじゃないですか。いいなあと思うことはあります?」

池田さん「資金力がすごいなとは思いますけどね……(笑)。でも、僕はジモコロをリスペクトしてるんです。なぜなら『人生を豊かにする』志があるメディアだと思うからで。だからこそ柿次郎さんと一緒に仕事がしたいと思ったんです」

柿次郎「自分たちが信じる価値を追求し続けるのは簡単ではないですけどね」

池田さん『TBS NEWS』のフェイスブックのフォロワー数は、この2年で2倍超の25万人にまで伸びました。届け方を変えればまだまだ届くんだと信じられる自分がいます。苦しい道のりかもしれないけれど、力を合わせてなんとか持続可能にしていきたいですよね」

 

信頼は一夜にしてならず。5年後のセンタリングのため徳を積め

柿次郎「でも、池田さんのやっていることはテレビ局の中では誰もやってこなかったことなわけじゃないですか。『しんどい』と感じることないんですか?」

池田さん「そりゃあしんどいですよ。『もうやめた』と言いたくなる時だって正直あります。そもそもデジタル編集部の『強化チーム』は、スタートした時点ではぼく一人でしたから」

柿次郎「ひとりぼっちの船出! 前田日明だ」

池田さん「若い子がわからなさそうなプロレスネタを…(笑)」

柿次郎「すみません、つい脱線を。一人部署って大変だったのでは?」

池田さん「予算もゼロで、すべてが予算外申請。いまでは少しずつ社内の理解も得られて、人もお金も増やしてもらえたけれど、誰も開けようとすらしなかった扉をガチャガチャ開けるような働き方は当然疲れます」

柿次郎「どうしてそんなに頑張れるんですか?」

池田さん『中長期的な視点で見た価値を残さなければ意味がない』っていうのは、自分の生き方のルールみたいなもので。ぼくはお袋と兄を早い時期に病気で亡くしているんだけれど、目の前の評価だけ追い求める生き方をしていたら、家族に笑われる気がするんです」

 

柿次郎「・・・」

池田さん「あとは、新人記者時代の経験があるからですかね。新人の頃はハイヤーの中でしか寝たことがなかったですから」

柿次郎「長期ハイヤー暮らし!」

池田さん「夜回りから深夜2時に帰ってシャワーを浴びると、家の外にはもう、次の日のハイヤーが待ってる。で、乗り換えて4時には朝回りに出発する毎日。後部座席に座って寝ることが当たり前で、横になるとむしろ寝られない体になってた

柿次郎「座ったまま寝るがデフォルト。もはや進化ですね」

池田さん「でも、あの苦しい新人時代があったからこそ、いまだにアクセルを踏めている気がします。『ここまでだったらアクセルをふかしても壊れない』という最高速度が上がったというか。逆に『オフには脳や体を完全に休ませて、またオンにする』という、若いころにはできなかった効率のいい走り方もできるようになりましたし」

 

柿次郎「ああ、たしかに。ぼくも『出張は週に3本以上入れたら体がバグる』っていうのは、ジモコロの取材を通して実際に経験する中でわかったことです」

池田さん「決して他人に強いることはしないけれど、自分のギリギリを若いうちに知っておくというのは大切なことではないかと思います。いまは『働き方改革』で記者の働き方もだいぶ変化していて、若い記者もちゃんと休めるようになっている。でも、それが若い人にとって本当に喜ぶべきことなのかは、何十年経ってみないとわからないことだと思う」

柿次郎「そういう池田さん流の記者の振る舞いを若い人に教えたりもするんですか?」

池田さん「いや、記者の教育って難しいですよね。テレビカメラの回っている、いわゆる『囲み取材』では表向きの言葉しか聞けないから、本音や背景を深く取材するためにはどうにかして『サシ』になることが重要。もちろんそうなるためのぼくなりのやり方はあるけれど、でもそれはあくまで人と人との関係だから。どのやり方が正解という話ではない」

柿次郎「若い人がそのままコピペしてうまくいくかというと、そうではない」

池田さん「自分の時代であればまだ、はちゃめちゃな先輩にわけのわからない店に連れていかれて、その背中から学んだり、人間の奥深さを知るみたいなことがたくさんありましたけど。『ろくに酒も飲めないのに、なぜ朝まで?』って」

柿次郎「ぼくも東京の会社員時代は毎晩連れまわされてたなあ」

 

池田さん「でも、そのころの経験が血肉となっていまの自分を形作っているとも感じるんですよね」

柿次郎「わかります。結局、今も深夜2時3時まで飲むことありますし……」

池田さん「絶対に嫌な飲み会が、5年経った時に『あの時の人脈が生きた』ということにつながる、とか。一人時間差のように『え? あの時のセンタリング、いま来た!』って」

柿次郎「うんうん、センタリング! その貯金で仕事してる感覚はありますね。ただ、ぼくは東京から長野に引っ越して、その点で少し不安を感じてるんです」

池田さん「不安って?」

柿次郎「ローカルって、東京ほどそういう『わけのわからない飲み会』の機会が多くないし、センタリングが返ってくるまでのスパンも長いんです。だから東京に帰ってきた時には、意識してそういう飲み会をセッティングするようにしていて」

池田さん「センタリングの機会を自ら作ると。記者の仕事も、スマホやSNSが普及したことで『サシ』に持ち込みやすくなったのは事実。でも、そこで本音を話してもらえる関係をどう作るかという点では、昔もいまも変わっていないし、この先も変わらないと思う。やっぱり『信頼は一夜にしてならず』なんですよね」

柿次郎「センタリングは時間差でしかやってこない、と」

池田さん「デジタルというと即効性を求めがちだけれど、自分のやりたいことをやろうと思ったら、まずは『徳を積む』しかない。だからこれも、中長期的な価値の話ってことなんだと思います」

 

構成:すずきあつお