こんにちは、ライターのいぬいです。ろくろを回しながら失礼します。

 

災害などのイレギュラーな出来事が起きた時、私たちは「何にお金を使うか」をシビアに考えるようになりますね。

 

先行きが不安だから「お金は使わず、できるだけ貯金する」という考えに至ることもあれば、反対に有事だからこそ「お金を使うことで、店やブランド、土地を応援しよう」と考えることだってあります。

その場合、「お金を使うこと」が「何かを応援すること」に直結することも、今や多くの人が感じているはず。

 

そんな風に「お金」の使い道について考えていたら、ある時、珍しいお金の噂を聞きました。

それは「岐阜県の飛騨・高山でしか使えないお金」の話。

 

そのお金の名前は「さるぼぼコイン」

 

 

「さるぼぼ」とは、赤い顔してちゃんちゃんこを着た子供の人形(飛騨エリアの名物)のこと。「さるぼぼコイン」も、新しい”地域通貨”として地元の人に愛されるようにと、その名前がついたそう。

 

2017年にこの「さるぼぼコイン」が開発されて以来、その流通額、利用者数ともに順調に成長を続けているといいます。

 

 

噂によると、どうやらその「さるぼぼコイン」には、日本各地の地域経済を活性化させるヒントが隠されているとか。岐阜県でしか使えず、地域を元気にしようとするお金はある意味、「地元を応援するお金」とも言えるかもしれません。

 

気になった僕は、ジモコロ編集長の柿次郎さんと共に飛騨の街へ。さるぼぼコインを開発した「飛騨信用組合(通称:ひだしん)」の方々にお話を伺ってきました。

 

するとそこには、普通に暮らしているだけでは知り得ない「地域」と「お金」の関係と、それを下支えする地元組織の存在が見えてきたのです。

 

話を聞いた人:古里圭史(ふるさと・けいし)さん

岐阜県飛騨市古川町出身。東京で公認会計士として働いたのち、2012に地元・飛騨へUターン。現在は常勤理事・総務部長として、地域通貨「さるぼぼコイン」の企画・運営を行なっている。

 

※取材は2020年3月上旬に行いました

さるぼぼコインってなに?

訪ねたのは、岐阜県高山市内にある「飛騨信用組合」本社ビル

 

「こんにちは! ここに世にも珍しい『岐阜県の飛騨・高山でしか使えないコイン』があると聞いて来ました。今日はよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします! 『さるぼぼコイン』のことですね。今日はなんでもお答えしましょう!」

「僕は『さるぼぼコイン』を使ったこともあります。裏側をグイグイ聞いていきたいと思います!」

「実は、ここに来るまでに色々調べてきたんですが、さるぼぼコインのことがいまいちわからなくて」

 

照れる二人

「これって『PayPay』とか『LINE Pay』とかと同じような電子マネーってことですよね。便利に支払いするだけならそっちを使えばいいのに、何の目的で『さるぼぼコイン』をやっているんですか? 」

 

「それは、『飛騨エリアの経済を活性化させるため』なんです」

「電子マネーで、経済を活性化??」

「この話を理解してもらうには、まず私たち『飛騨信用組合(ひだしん)』についてわかってもらった方がいいかもしれませんね」

 

ひだしんの目指す、「お金の地産地消」

「ちなみに、私たち『飛騨信用組合』、略して『ひだしん』ってどんな組織だと思いますか?」

 

「どんなって、地方の銀行じゃないんですか? 相談窓口もあるし、館内にATMもありましたよね」

「そう思いますよね。ただ、ひだしんは銀行ではありません

「えっ?」

地域の中でうまくお金を回していくために生まれた、非営利の金融機関なんです

「金融機関なのに、『非営利』って一体!? 」

「わかりやすくするために、こんな例え話はどうでしょう? ここに、昔から続く1軒の小さな中華料理屋さんがあったとします」

「えっ!? は、はい、イメージしてみます」

 

「……こんな感じでしょうか」

「イメージはお任せします。この中華料理屋さんは、ほぼ常連さんによって商売が成り立っていました。継ぐ人はおらず、店主もご高齢です。これから先、お店が大きくなったり売り上げが急上昇したりするような見込みは、正直ありません」

「はいはいはい……だいぶイメージできてきました。特別美味しいわけじゃないけど、なんとなく落ち着く店って感じですね」

「さて、このお店から銀行へ『お金を融資してほしい』という依頼がきました。あなたが銀行の担当者なら、このお店に融資しますか?」

「融資しましょう!!!」

「もうちょっと考えてから話してください」

「うっ……」

 

自分が銀行だと思って、考え直してみます

 

「しない……かもですね」

「そう。銀行などの金融機関は、より大きな利益を生むように『規模の大きな企業』や『これから成長しそうな企業』に積極的に融資します。基本的には、営利企業ですから。今回のケースだと、融資をしてもお店側がきちんと返済できないリスクが高い上に、今後の成長も見込めない。そうなると、メリットも少ないですよね」

「世知辛いけど、その通りです」

「でも『ひだしん』はこういう時、積極的に融資するんですよ

「えっ? どうしてですか!?」

小さな事業者が潰れるよりも、私たちが下支えして店が続いていく方が地域の経済がうまく循環するからです

「地域の経済のため! お金が返ってこないリスクだってあるのに、優しすぎません!?」

というより、そもそも営利目的で活動していないですから

「それもよくわからなくて。どうして営利目的じゃなく『地域経済のため』に徹することができるんですか?」

「それは、信用組合の仕組みを知ればわかります。乾さんは、江戸時代の『頼母子(たのもし)』という制度をご存知ですか?」

「いえ……その『たのもし』という名前も初めて聞きました」

「実は、頼母子(たのもし)はひだしんの制度に似ているんです。頼母子というのは、集まったメンバー(構成員)同士でお金を出し合い、そのお金を構成員の誰か1人に再分配する制度です」

「集めたお金を、1人に?」

 

「なんのためにするんですか?」

「誰かがまとまったお金が必要になった時に、知り合い同士で融通しあうためですね。最後のメンバーがお金を手に入れるまで、この再分配は繰り返されるんだそうです」

「なるほど、地域の人たちが、お金で助け合うための仕組みなんですね」

「その通り。こうした民間の互助作用の現代版が、ひだしんだと考えてください」

 

「ひだしんは特定の地域に暮らす組合員(個人・事業者)から出資金や預金を集め、そのお金で小さな事業者へと融資を行います。つまり、事業者への融資が、預金を出してくれる人たちを守ることにも繋がる。実際には同じお金が地域経済の中をぐるぐると回ることになります」

 

「これを私たちは『お金の地産地消』と呼び、地域の小さな経済が健全に回るための方法だと考えています」

ひだしんの目的は『地域の経済を守ること』だったんですね。そのために生まれた組織だと。じゃあ、小さな事業者を守るのも……」

「小さな事業者さんも組合員の一つですから。それに、企業やお店が街から少しずつ消えていくと、他のお店にとっても悪循環になる。街の個性が消える現象を、食い止めるのも『ひだしん』の役割です

「たのもしー!」

「なんですかそれ?」

「いや、『たのもし』ってキャッチーだったのでつい。頼もしいと感じた時に叫びます」

「一旦スルーしますね。ただ、この活動にも制限があります。僕たち『ひだしん』は飛騨市、高山市、白川村の人としか、出資されたり融資したりすることができません。もし富山の人に『出資します!』『融資してください!』と訪ねて来られても、何もできないんです」

「ええっ、じゃあ富山の人はどうすれば?」

「富山にも『富山県信用組合』があるので大丈夫ですよ。こうした地域密着の『信用組合』が、全国各地にあるんです」

「よかった……」

ただ活動するエリアが決まっている分、僕らは逃げられないんですよ。自分たちもこの街で暮らしている以上、この土地の経済に徹底的に向き合わないといけない。自分たちでやる必然性がありますから」

 

もし、ひだしんがなくなったら

「でも、融資したお金をちゃんと返してもらえるか? ってことも考えないといけませんよね。小さな事業者さんにお金を貸す時、そこはどう判断するんですか?」

 

『この人なら大丈夫だな』っていうのは、人柄でだいたいわかるんですよ

「ん??どういうことですか??」

「小さな街ですから、融資を受けに来た人が、街の人から信頼されているかどうかが手に取るようにわかるんです。『〇〇さんなら融資しても大丈夫だな』と人柄で判断することも多々あります。あとは、ご自身の日頃の行いですかね……」

「人柄で判断されてるんですか!?」

「小さな街だからできる方法ですけどね。組合のスタッフのほとんどが地元出身ということもあって、『窓口に来ていた誰々さんの家は、昔から堅い家系だから大丈夫』なんてことまでわかってしまうんです」

「返済実績とか貯蓄額とか、お金の価値観じゃないんですね。地元で暮らす人たちと地道に向き合っているからこそできる『評価経済』だ」

「良し悪しですけどね。都会の生活に慣れてしまった人からすると、過干渉にも思えるかもしれない。融資を受けに来た人が誰の親戚か、なんてことまでわかってしまいますから」

「絶対悪いことできないですね。いざこざも、すぐに伝わりそう」

「都会の暮らしに慣れた人からすると、違和感はあるかもしれません。ただ、街の機能として必要です。『何も担保がなくて、事業の拡大もしないんだけど、地域にとって必要なお店だ』と、定性的なものを見て、損得抜きに支えないといけない。そんな金融機関があれば、街のセーフティーネットになるはずなんです」

 

「ちょっと意地悪なことを聞くようですけど、『ひだしんが無くなっちゃう』ことってありえるんですか?」

「ひだしんが無くなる……確かに、ありえない話じゃないですね。僕らは企業からの出資だけじゃなく、個人の預金もこの地域からしか集められないので。少子高齢化の影響で人口が減っていくと、存在できなくなってしまいます

無くなると、街はどうなるんですか?」

まず、小さな事業者は経営が難しくなると思いますね。信用組合がなくなれば、頼る先は地方銀行やメガバンクになるはず。でも、そうした営利目的の組織にとっては、この田舎の小さな事業者に融資するメリットが見つけづらい」

「世知辛い!! 自分の住む町が大手チェーン店ばっかりになるの、寂しいですよね……」

「小さい店こそ、町の個性を産んでくれていることが多いですしね」

「 メガバンクは金銭面では余裕があるだろうに、助けてくれないんですかね?」

「おそらく、利益を考えると支店ではなくATMを置くだけという判断になるんじゃないでしょうか。そうなると、融資の相談をする窓口すら無くなってしまう。地域の小さなお店にとっては、いざというとき頼る先が無くなることを意味します」

「めちゃくちゃ辛いじゃないですか……実際、人口はどんな風に変化してるんですか?」

「多分、この10年で6000人近くは減ってるはずです(※)。僕もこの街の出身なんですが、学生の頃に通っていた商店街なんかはもうすっかりシャッターを下ろした店が増えてしまって」

高山市人口統計資料より

「6000人減ると、そんなにわかりやすく変わるんですね……」

「そうですね。そして、これからも人口が減るのは避けられないと思います。県内に進学先が少ないので、高校を卒業した若者はどうしても県外に出がちになる。そのあと地元に戻って来てくる割合は、多いとは言えません」

「いろんな地方に当てはまる話ですね」

「無いものを考えても仕方ないですしね。だからこそ、自分たち信用組合も潰れないため、地域の経済について真剣に考えるんです」

 

さるぼぼコインは、「地元を応援する意識」を育てる

「とはいっても、地域の経済を守るって一体どうすれば?」

「そこで、僕たちが大切に考えていることが2つあります。1つが、観光によって飛騨・高山にお金を落としてもらうこと。もう1つが、飛騨・高山で生み出したお金を出来るだけ県外に逃さないことです。」

 

「なるほど、外からのお金を得て、地域の中で回せるお金を増やすと」

「その通りです。高山市には年間およそ473万人(※)の観光客が来てくださるので、まずは彼らに地元でお金を使ってもらおうと」

※高山市商工観光部観光課 平成31年・令和元年 観光統計より

「473万人! 高山市の人口がおよそ8万7千人でしたよね。すごい数だ」

「でも、これだけの観光客の方々のお金が全て地元に落ちているかといえば、そうでもないんです。飲食や宿泊はもちろん地元に落ちるけれど、お土産物のお菓子なんかは実は県外で作られているものも多くて」

「えっ? それって『飛騨限定スナック菓子』みたいなもののことですか?」

「そう。もちろん、飛騨の銘菓は県内企業で生産しているものですが……観光地にお金を落としているつもりでも、実は地域の人々の懐に入っていない、なんてこともありえるんです

「あんまり予想してなかったです……じゃあ、地域の人たちは一体どうすれば?」

 

「そこで、地元を応援するお金として飛騨信用組合が開発したのが、『さるぼぼコイン』なんです」

「ようやくさるぼぼコインが! 待ってました!」

「さるぼぼコインは、QRコード決済型の電子マネーです。QR1つで使えるのでお店への導入コストが低く、それもあって、現在は街中の飲食店やお土産物屋さん、市役所でもこの電子マネー決済が可能なんです」

 

町の喫茶店や、

 

せんべい屋さんにも

 

市役所にまで!

 

「2020年6月21日(※)の時点で、このコインのユーザー数は約13000人、加盟店舗は1300店舗以上。単純な流通額を計算すると、1ヶ月で1〜2億円ほどのお金がさるぼぼコインを経由して動いていることになります

※取材後、最新のデータを伺いました

「なるほど、すごい広がりだ…」

「これだけ街中にも普及したさるぼぼコインを使って、様々な戦略を考えています。例えば、『さるぼぼコインでしか買えない商品・受けられないサービス』がたくさんあると、さるぼぼコインを使ってみたくなると思いませんか?」

「それは楽しそうです!」

「こういった企画開発は、どうしてもありきたりなものに落ち着くことが多かった。でも『さるぼぼコインでしか買えないもの』というお題を設定すると、なぜか事業者さんもみんなふざけ出すんです

「ふざけ出す、というと?」

 

「例えば、『午前中の2時間だけ、店の前のスペースを貸します。自由に商売してください』とかね。飲食店の方々も、尖ったメニューを考案してくれたり。日本円に直接換算しないことで、挑戦するハードルが下がるのかもしれません」

「それは面白い!」

「これから『さるぼぼコインを使えば本当の飛騨が楽しめる』というような企画をバンバン打っていけたらと思います。そういう企画を通して『地域にお金を落とす』という意識が育っていけば、中長期的にいい結果を生むと思うんです

「なるほど。せっかく観光でお金を使うなら、しっかり地元にお金が落ちる方法で使おうということですね」

「そう。その意識さえあれば、さるぼぼコインで考えていた企画を、日本円でも買えるようにしてもいい」

 

「地域の価値を生み出しつつ、『地元の中で消費していこう』というマインドをどこまで作れるか。さるぼぼコインはその加速装置みたいなものなんです。みんなが地域の経済のことを考えてくれるようになれば、本当は地域通貨なんていらなくなるかもしれない」

「『地域にお金を落とす』感覚を育てるための、さるぼぼコインだったんですね」

「ひだしん、たのもしい……」

 

これからの「地域とお金」

地域の経済を下支えするために生まれた「飛騨信用組合(ひだしん)」。彼らの考えた『さるぼぼコイン』も、地域の経済についてみんなで考えるための、一つのツールになっていました。

 

『さるぼぼコイン』の挑戦は始まったばかり、可能性もまだまだたくさん。

 

「さるぼぼコインでいくら以上使った人には、アプリ上でメダルを進呈する……みたいなことも考えているんです。そうすると、ゲームみたいでお金を使うのが楽しくなりそうでしょう」

そう語る古里さんも、飛騨高山で生まれ育ち、Uターンして、飛騨信用組合に加わったメンバーの一人。

 

自分たちの暮らす街の経済を守るため、自分ごととして地域の人とお金に向き合う「飛騨信用組合(ひだしん)」。彼らの活動と「さるぼぼコイン」が、「地域でお金を使う意味」を私たちに教えてくれるのでした。

 

写真:小林直博