青森「キリストの墓」の横で11年続く売店の知られざる陰謀

2022.11.30

青森「キリストの墓」の横で11年続く売店の知られざる陰謀

青森県の新郷村にある「キリストの墓」。その横で11年も営業している売店が「キリストっぷ」です。個性的なオリジナルグッズでしばしば話題になるキリストっぷですが、その裏側には村おこしへの思いがあるそう。店主の平葭(たいよし)さんに取材しました。

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    こんにちは、ライターの友光だんごです。今日は青森に来ています。ちょっと後ろの看板をご覧ください。

     

    なんとも気になる文字が踊っていますね。キリストの里……?

     

    実はここ、青森の新郷村(しんごうむら)には、古くから「キリスト伝説」が伝わっているんです。その内容がこちら。

     

    ゴルゴダの丘で処刑になったはずのイエス・キリストは日本に逃れ、新郷村に渡来し106歳の生涯を閉じた。キリストは身代わりとなって処刑された弟・イスキリの墓を建て、自らの墓もその傍らに築いた。今なお新郷村には二人の墓が残されているーーーー

     

    ということで、新郷村には「キリストの墓」があるし、

     

    毎年6月には「キリスト祭」も開催されています。

     

    十字架の周りで盆踊りする女性たち、シュール。

     

    「一部の人はめっちゃ好きそう」な匂いがどうにも香ってくる土地・新郷村なわけですが、もう一つ不思議なスポットがあります。

     

    それがキリストの墓の横にある売店、「キリストっぷ」。

     

    小さなプレハブ小屋のなかにはグッズがずらり。

     

    よく見ると、かなり独創的なグッズばかりが並んでいますね。

     

    「キリストのハッカ飴」「キリスト聖米」、さらには「キリストの墓のそばに行ってきました。」と書いた蕎麦。謎のキリスト推しと、ユーモアが溢れまくっています。

     

    きわめつけは、このロゴ。

     

    なんだか見覚えがあるような……???

     

    このキリストっぷ、前から来てみたかったんです。テレビ番組で紹介されたり、SNSで話題になったりしているスポットなんですが、名前といい、世界観といい、めちゃくちゃ気になっていて。

     

    そしてWEB上にある数少ない取材記事を見てみると、どうやら店主の方は「村おこし」でキリストっぷをやっているようなんです。村おこしでキリストっぷで、あのグッズたち……一体どういうこと?

     

    店主の方に話を聞いてみると、知られざる「陰謀」がみえてきました。おそらくWEBメディア初出しの話の数々をご紹介します。

     

    お客様ファーストじゃなく、看板娘ファースト

    こちらが店主の平葭(たいよし)さん。キリストっぷTシャツで出迎えてくれました。

     

    「よろしくお願いします」

    「今日は休みなもんで、僕一人ですみません。いつもは看板娘もいるんですけど」

    「看板娘?」

    「当番制で、村のおばちゃんたちに店番をお願いしてます。営業時間は10時から15時ですね」

    「お店にしては短いような」

    「みんな主婦だから、家事があるんです。朝の掃除や洗濯をすませて出てきて、夕飯の支度に間に合うように帰る。お客様ファーストじゃなく、看板娘ファーストでやってるんですよね。営業も土日だけだから、来る側としてはハードルが高いかもね」

    「かなりハードル高めですね。ちょっとした幻の店」

     

    看板娘のみなさん

     

    「まあ、そんなだから11年も続けられたんじゃないかな。たしかオープンは2011年なので」

    「お店は最初からこの場所で?」

    「はい。『キリストっぷ』の名前もロゴもその時に決めて、看板をつくって」

    「気になってたんですけど、このロゴって……」

     

    「いろんな人に言われるんですけど、パクリじゃないです」

     

    「…………」

     

    「ロゴはあくまでキリストの墓に行った時の風景を意匠化したもの。伝承館があって、十字架とお墓が二つ並んでるでしょう。行けばわかります」

     

    奥に見えるのが「キリストの里伝承館」。キリスト伝説にまつわる資料が展示されている。たしかに、別の角度から見るとロゴの通りに伝承館とお墓二つが並んでいる

     

    「でも、名前もかなり……」

    キリストの墓の目の前にあるショップ。だから止まってくださいね、という意味で『キリストっぷ』です。……まあ、デザイナーの友達にロゴを作ってもらう時、『書体は丸ゴシックで』とは言ったかな。ちょっと寄せてはいるか」

    「これ以上深くは聞かないでおきますね(笑)。けど、目を引くロゴだと思います」

    「キリストっぷを始める前から、村おこしの活動をしてたんです。その時のロゴがこんな感じ」

     

    「めちゃくちゃインディ・ジョーンズじゃないですか!!(笑) やはりパロディがお好きなんですね」

    「うーん、どうだろう。一人でも多くの人に引っかかってもらいたいだけですよ。何かやらないと引っかからないじゃないですか。この時は『インデネガ・シンゴー』、つまり『新郷っていいんでねえが』という名前で、新郷に眠るお宝を探そうって活動だったんです」

    「お宝?」

    「眠る宝といったら埋蔵金。『じゃあ埋蔵金が新郷にあるってことにしちゃおうよ』と、発掘探検隊のコンセプトで活動してました」

    「『あるってことにした』ということは、実際には……」

     

    探す人がいる限り、埋蔵金は絶対そこにあることになるんです

    「言い切った。その埋蔵金探しが、どうキリストっぷに繋がるんですか?」

    「新郷村のあちこちに宝箱を置いて宝探しイベントを開催したり、バスツアーを組んだり、新郷村のCMを作ってコンテストに出したり、色々やってたんです。CMは一応、青森県代表になって沖縄まで行ったんですよ」

     

    探検隊「インデネガ・シンゴー」時代の一枚

     

    CMコンペでのノミネートを受け、地元新聞で村おこしの活動が特集された際の紙面

     

    「すごいじゃないですか」

    「いろいろ活動してたんだけど、問題に気づいて。結局、いくら村に人を呼んでも、その人たちが行く店がなかったんです」

    「買い物したり、飲食したりする店が?」

    「はい。ここは村に信号が一つしかないくらいの田舎なんです。キリストの墓って観光の目玉はあるけど、その売店もない。おもてなしできる場所もなかった」

    「せっかく観光客の方が来ても、お金を落としてもらう場所がないと」

    「だからキリストっぷを作ったんです。文句を言ってるだけじゃどうにもならない。じゃあ自分たちで土産店を作っちゃおう、と」

     

    はじめは「村の小さな産直所」のつもりだった

    「でも村の土産店にしては、かなり偏った店になってませんか?」

    「そもそもは普通の小さな産直所を目指してたんです。最初は地元の野菜も並んでました。オープンは9月だったから、とうもろこしとかスイカとか」

    「そうなんですね!」

    「ただ、土日しか営業してないし、営業時間も短い。お客さんが定着しづらいから、どうしても野菜が売れ残るんですよ。冬は雪で休業になるので、春から仕切り直しになっちゃうし。だから段々、生のものは扱わなくなったんです」

    「代わりにグッズが増えていった?」

    「そうですね。最初はTシャツとタオルで、その次にハッカ飴を作ったのかな。キリストの墓土産が何かないかと思いまして、『キリストの墓……はか……ハッカ……ハッカ飴!……飴………アーメン!!!』と

    「すごい連想ゲームだ」

     

    飴には十字架と「アーメン」の文字。どうしても金太郎飴でこの柄を入れたくて、業者を探したそう

     

    「ユーモアの効いたネーミングが多いですよね。この蕎麦も」

     

    「やっぱり『どこそこへ行ってきました』って土産は必要じゃないですか。それで蕎麦はちょうどいいなと。私は建設会社に勤めているんですが、農業部門があって、蕎麦も米もうちで作ってるんです」

    「それも手作りなんですね!」

    「中身はまともな一級品なんですよ。どちらも自然栽培で。他ではもうちょっとしっかりしたパッケージで売ってるんですが」

     

    よく見ると説明文にもユーモアが散りばめられている

     

    「(笑)。お話を伺ってると、キリストっぷで儲けようとは思ってないように聞こえますが」

    儲ける気はないです。儲けようと思ったら、せめてネットで通販を始めた方がいいですよね」

    「通販もやってないんですね。じゃあグッズはここでしか買えない?」

     

    「ハッカ飴はロットの関係で数を作らなきゃいけないのと、賞味期限があるので、道の駅と伝承館でも売ってます。でも他の商品は賞味期限もないので、ここだけ。出せばいくらかお金にはなるんでしょうけど、ここに来てもらわないと意味がないから

    「そうか、そもそも村おこしのため作ったお店だから。新郷に来てもらうことが目的ですもんね」

    「キリストっぷのおばちゃんたちは世話好きで、お喋りも好きでね。この店ではお客さんに、親戚の家に遊びに来たみたいな状態を体験してほしいんです。だから店に入ったら『座って休んでって』『お菓子食べてって』みたいな。コロナでしばらく難しかったけどね」

    「村の人との交流を生む場所でもあるんですね」

    「そう、それも新郷らしさなので。お金どうこうより、おばちゃんたちにも長く続けて欲しいんです。上が80後半、一番若くて60後半なんだけど、楽しくないと続かないじゃないですか。販売ノルマなんか設定したらかわいそうだよね。私もおばちゃんも、ここの売上で食ってるわけじゃないし」

    「あ、平葭さん自身も商売でやってるわけじゃないんですね」

     

    「趣味です」

    「趣味! 趣味で村おこしってすごいですね……」

    「すごいのかなあ。そもそも、私は村が好きなわけじゃないですしね」

     

    地元が好きだったら村おこしなんてしない

    「村が好きじゃないのに、村おこしをしている……?」

    「好きだったら、何かを作ったり、人を呼んだりして村を変える必要もないでしょう。現状を気に入ってるなら、それ以上よくする必要もない。『今のまま、このままでいいとは思わない』は、私の言い方では『好きではない』という意味ですね」

    「平葭さんは、もともと村の出身なんですか?」

    「はい。高校大学で外に出たけれど、あとはずっと新郷です。村おこしの活動を始める時、10歳以上も若い連中が『俺は村が好きだ』と言い切ったのが衝撃だったんですよ。そんな風に思ったこともなかったから。でも、若い連中が好きだと言うなら、それに賭けてもいいなと」

    「それで、その人たちと一緒に団体を?」

    「同じ目線を持った同年代と組むより、自分と視点も感覚も違う若い連中と組んだ方が面白いし、長く続くだろうと思ったんです」

     

    「たぶん同世代と始めてたら、キリストっぷもこんなに続いてなかっただろうね。この年になると、熱を持ち続けるのも難しい。でも若い連中は『平葭さん、それどうなの?』とか平気で言ってくるから」

    「なれあいじゃなく、刺激しあえる関係ができているんですね」

    「最近はみんな忙しくなって、なかなか会う機会も減ってるけどね。でも初期メンバーの一人が『村魂祭』ってイベントを立ち上げたり、それぞれがやりたいことをやってる。それでいいと思うんだよね」

    「みんな一緒に一つのことを頑張らなくてもいい?」

    違うものがどんどん出てきたほうが面白いでしょう。そのほうが村も盛り上がるはず。だから、頼られれば若い連中のイベントも手伝うし、応援してますよ」

    新郷村だから、「キリストの墓」が残ってる

    取材後、キリストの墓にお参り

     

    「キリストの墓についても気になってるんですが、平葭さんはぶっちゃけどう思ってるんですか?」

    「村おこしする立場で言うと、キリストの墓だとけっこう信じてますよ。とはいえ、別に証拠を求めようとは思いません

    「そもそも、なぜキリストの墓とわかったんでしょう」

    「ざっくり言うと、『竹内文書』という古文書に書いてあったんです。神武天皇以前の、日本神話とはまた別の歴史が書かれたものが『竹内文書』なんですが、その中の記述を元に、調査団が昭和10年にやってきた。そこで発見されたそうです」

    「『ここがキリストの墓だ!』と。それを言われて、地元の人はどう思ったんでしょうね」

    「面白いのが、『キリストと関係があるのかも?』という風習が新郷村にあったんですよ。『ヘブライ』に似た『戸来(へらい)』という地名があったり、小さい子供を初めて野外に出すとき額に墨で十字を書いたり、ダビデの星に似た家紋が伝わる家があったり」

    「へー! ミステリーですね!!! それらしい風習があったところに『キリストの墓伝説』がやってきた……」

     

    冬のキリストの墓

     

    「ただ、私はわりと別の角度からも見ていて。新郷村の年配の人たちって、神様仏様が大好きなんですよ。すごく信心深い。しかも特定の神様じゃなく、いろんな神様を拝んでいる。何月何日は大黒様、別の日は恵比寿様……。うちの実家にも神棚が複数あって、それぞれ別の神様が祀ってあります」

    「もともと、日本はそんな感じだったと言いますよね。いろんな神様を祀る多神教だったと」

     

    「だから新郷の人にとって、『キリストの墓』はキリスト教の神様でありながら、もはや別の神様のような感じになっている気がするんです。新郷村にキリスト教の教会があったり、信者の人がたくさんいたりするわけでもないし」

    「別の神様に?」

    「大黒様や恵比寿様を拝むように、『キリスト様』を拝んでいる、みたいな感じかな。墓まで行くのを『ちょっとキリストまで行ってくる』なんて言いますからね」

    「なるほど。キリスト教はキリスト教として、新郷の人にとっての『キリスト様』。信心深い村の人たちが自然に受け入れて、根付いているんですね」

    受け入れる土壌があったからこそ、『キリストの墓』が新郷に残っているんだと思いますよ。厳しい自然のなかで暮らす東北の人間にとって、神さま仏さまを畏れ敬うのは当たり前。仮にキリストが日本に来ていなくても、昭和10年に発見されて、今も墓がちゃんと残っていて、『キリスト祭』で『キリストの慰霊祭』を半世紀以上続けている」

     

    「そして『キリストっぷ』まで生まれた……。正直、来るまではキリストの墓に半信半疑な部分もあって。でも、真偽がどうより、土地の風土がそこに強く反映されてるって意味で、まぎれもない新郷村の文化になってるんだなと」

    「そういう面まで知ってもらえたらいいな、と思いますね」

    「今後、平葭さんはキリストっぷをどんな風にしていきたいですか?」

    「とりあえず、赤字を出さないように続けていきたいですね」

    「最低限、トントンにはなるように」

    「まあ、趣味にお金がかかるのはしょうがないからね。本業は別にあるし、あんまりお金のところでキリストっぷをみてはいません。趣味だからこそ、この飴もウクライナカラーにしてるんです」

     

    「ほんとだ、よく見たらアマビエがウクライナ国旗の色。さりげなく平和への祈りが……」

     

    「趣味だから自分の好きなように、主張も多少なりしていきたい。いろんな遊び心をこめているので、何かを面白がってくれて、新郷村に人が来てくれたら嬉しいですね」

    「僕もまた、店番のおばちゃんたちにも会いに来たいです。今日はありがとうございました!」

     

    おわりに

    取材後、同行していた地元の方が「平葭さんがあんな風に考えてキリストっぷをやっていたなんて、知りませんでした」と話していました。

     

    名前やロゴのインパクトから面白さのほうで目立ってしまいがちなキリストっぷですが、その裏に込められた「村おこし」という面についても伝えたい。そんな風に考えながらこの記事を書きました。平葭さんの行動力も、次の世代への心意気も、本当に素晴らしかったです。

     

    ちょっとハードルは高めのお店ですが、興味が湧いた方は、春になったらぜひ遊びに行ってみてください。新郷村までは八戸市内から車で40分ほど。キリストの墓伝承館も見応えたっぷりです!

     

    ☆キリストっぷ 2023年は4月15日から営業しています

    キリストの墓/キリストの里伝承館の情報はこちら↓
    https://visithachinohe.com/spot/kirisutonohaka/

     

    撮影:小田切大輝

    イーアイデム

    この記事を書いた人

    友光だんご
    友光だんご

    ジモコロ編集長。株式会社Huuuu取締役/編集部長。1989年岡山生まれ。犬とSFが好き。

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