拝啓、妻殿

 いぬじん

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ブロガーのいぬじんさんは、共働きの妻と子ども2人の4人家族。今回、いくつかの転機を振り返りながら、「妻に宛てた手紙」を書いていただきました。

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敬愛する妻へ、ごめんなさい。

このあいだ、こっそり家にあったチョコレートを全部食べたの、子どものせいにしました。

はいそうです、あなたと私はどちらもフルタイムで働いており、小学生と保育園児の子どもがいてとにかく余裕がない。それにもかかわらず、平日必死に働いて、必死に帰ってきて、必死に料理をして、必死に子どもを風呂に入れて寝かしつけた後、あなたがつかのまの休息のためにとっておいた新発売のチョコレートを勝手に食べたのです、すみません。

先週も、体調悪いと聞いていたけど意外とマシそうだったので、ズルズル帰るの遅くなりました。あと昨日、あまりにも寝不足でしんどかったので、こっそり午前休して家で寝ていました、すみません。

なんだかんだ言って平日はあなたに負担が多いと思っています、すみません。

そんなこと言いながら今またこっそり新発売のチョコレートを食べています、すみません。

結婚したばかりの頃は

結婚したばかりの頃は、私が夜遅くに帰ってくると、あなたはチューハイ片手に床でつっぷして寝ていたものです。

あなたの名誉のために言っておきますが、朝から夕方まで忙しく働いてから帰宅して、休む間もなく夕食をちゃんと作ってくれて、洗濯物もたたんでくれて、ちょっと一息つこうとした。そういう形跡が残っておりました。

私はといえば、自分の仕事のことばかりで頭がいっぱいで、いつも遅くまで会社に残って企画をしたり、土日もあっちこっちに出張をしたりと、独身の頃と大して変わらない毎日を送っておりました。

あの頃は一緒に暮らしているといってもお互いに自由な時間があって、それぞれが独立していて、まあ気楽なものでしたね。

その後、子どもが生まれました

どうもあなたも私もつらかったことはすぐに忘れてしまう性格のようで、子どもが生まれた頃のドタバタは、お互いにはっきりした記憶がないような気がします。

しかしちょっと頑張って思い出してみるに、生後10ヶ月で保育園に通わせるべきか、あるいはもう1年待つべきか悩んだ気がしますが、1年待ったときに確実に入園できるかはわからない。ということで、私たちは話し合って10ヶ月から通わせることにしましたっけ。

生まれたばかりの赤ちゃんはあまりにも小さく、首はグラグラ、ただ2時間おきに泣くのとおっぱいを飲むのとウンチをするのしかできない。こんな無防備な生き物が果たして10ヶ月後に自分たちの手を離れてちゃんと生きていけるのだろうかと、とにかく不安でした。

それを一番感じていたのはあなただと思いますけど、やると決めたあとのあなたはいつもパワフルです。入園までにきっちりと卒乳させると決めて、予定どおりにパキっと卒乳させました。

この頃くらいから、あなたには大きな変化が生まれていたように思います。自分で決めて、自分で実行する。もともとそういう性格だったのかもしれませんが、それが前面に出てきて、さらに人間として成長しはじめたように思います。さらにあなたはどんどん冷静で、強く、広い視野で物事を見られるようになっていきました。

しかし私は相変わらず自分の仕事のことばかりを心配していて、不安定な毎日を送っておりました。深夜に帰宅してからあなたと交代し、赤ちゃんにミルクを飲ませて寝かせた後わずかな睡眠を取り、寝不足でまた仕事に行くという日々にすっかり疲れていて、子育てを楽しむという感覚はほとんどありませんでした。

むしろこんなにつらい毎日を送りながら努力して働いているのに、同僚や後輩の方が評価されることについて不満を感じておりました。まったくもって私は自分のことばかり考えておりました。

私の給料が減りました

さてそんな愚かな私でしたので罰が下ったのでしょう。ある日給料が減ることになりまして、さてこれは困ったということになりました。

私は帰宅してからその事実を伝えまして、こんなに努力して遅くまで働いていても報われないことについて一体どうすればいいかわからないと泣き言を言いましたね。

するとあなたは、私に何か非があるから評価が下がったのであれば、それは原因を解明して改善するようにしないといけない。だけどそれでもどうにもならないなら、遅くまで働いたって仕方ないのだから、むしろ早く帰宅するようにして、もっと家の用事をしてくれ、給料以外の面で貢献してくれ、と言ってくれました。

それで私は今さらハッとしたわけです。自分の存在価値というのは給料だけにあるわけではない。他にもできることはいろいろあるし、あなたはそれを必要としてくれているのだ、と。

おかげで私の気持ちはとても楽になりました。なったからといって決して仕事の手を抜いているわけではありませんが、仕事以外でも求められている場所がある、役に立てる場所がある。そう思えることはとてもありがたいことです。

とはいえ育児も家事も決して楽な仕事ではありませんし、私の家事レベルはとても低い。低いですからイチから努力しないといけませんし、別に誰も褒めてくれないし、何の収入も増えないし。また大変恐ろしいことに、仕事のようにエイヤっと取り組んだらしばらく休める、というような性質のものではありません。地味で退屈な作業がひたすら毎日続くのです。休めば休んだぶんがしっかりと次の日に積み残されたままなのです。

おまけにあの土日の夕方のつらさ! 平日の疲れがたっぷりとたまってしまって何をするにもだるくて、眠くて、そんな自分にムチ打って動いているのに、さっさと行動しない子どもを怒鳴ってしまって、そういう自分にまた落ち込んで、全てのものに腹が立ってきて、しかしどうにもならない。ダラダラと時間だけが過ぎていくことにイライラする土日! まったくもって仕事と家事育児の両立というのはなんと難しいことか! 何がワークライフバランスだ! 何が生産性だ! 何が女性の活躍推進だ! だったら男性の家事育児推進もやってよ!と思うばかりです。

育児と家事の経験が、仕事にも影響してきました

それでも、しかしそれでも私は踏ん張ろうと思います。

それというのも育児も家事も、実はとても奥が深いことに気付いてしまったのです。

子どもはいつもなかなか言うことを聞きませんが、突然別人のように急成長することがあります。自分で一週間のスケジュールを立てるようになったり、友達としっかりコミュニケーションを取れるようになったり、家の用事をするようになったり。そんな大きな変化は大人になってしまった私たちでは体験できないものです。そんな姿を見られるのはとても貴重なことなんだと思います。

料理は相変わらず苦手ですが、少しずつ作り上げる時間が短くなってきましたし、後片付けもしながら進められるようになってきました。まあ料理は段取りとは言ったもので、これは気のせいかもしれませんけど、最近は職場での仕事も段取りが良くなってきたように思うのです。

自分だけでなく他の人たちの動きも考えて、先にこういうことをやっておこう、これはまだやらなくて大丈夫だ、ということに頭を巡らせられるようになった気がします。

家の掃除というものはためて一度にやるものではなく、毎日ちょっとずつやれば汚れが染みついて取れなくなってしまうのを避けられる、という気付きも、仕事で役立っている気がします。

面倒だなあと思う企画書の作成をずっとためるのではなく、気付いたときにちょっとした構成案を書類の一枚目にメモとして書き込んでおくだけで、いざ取り組むときに非常にスムーズに始めることができる。忙しくてどんどん書類が増えていく状況でもちょっとだけファイルの中身を入れ替えて整理しておくと、気持ちもスッキリして余裕が生まれる。そういうちょっとちょっとのちょっとだけスキルが身についたように思います。

あなたにも悩みがありますね

そんなこんなであなたにはたくさんのことを教わりっぱなしですが、あなたは私に仕事のことはよく相談してくれますね。あなたは一通り話し終えてから、「ま、どうでもいいんだけど」と言いますが、私は私で、自分の知らない職場の話なのでいつも興味深く聞かせていただいております。

時折あなたは、「こんなに仕事も一生懸命にやって、子育てと家事でへとへとなのに、評価が低くて不公平だ」とこぼすことがあります。「ま、どうでもいいんだけど」と最後は言いますけど。

私も同じようなことを思いながら仕事をしています。そして、これについての答えは何も持ち合わせていません。

朝からトップスピードで仕事を始め、それでも保育園のお迎えの時間に間に合わないと焦って駅から保育園まで猛ダッシュ。帰宅したら息つく暇もなく夕食の用意をし、洗濯物を取り入れ、長男の連絡帳と宿題をチェックする。言うことを聞かない子どもたちを無理やりお風呂に入れ、寝かしつけてからシャツにアイロンをあて、ようやく明日の仕事の準備を始める。

こんな感じでいつも睡眠不足。それでも今の職場では同僚の方が遅くまで仕事をしているからえらいと言われることもある。さて、そんな修行のような毎日の先に何があるのか、私にはさっぱりわかりません。

私たちの人生を楽しみましょう

わかりませんけど、ただこう思うのです。たしかにバリバリ働いて立派な成績を上げ、みんなでワーッと打ち上げをして、後輩や同僚から尊敬され、偉くなり、給料もたくさんもらって、欲しいものを買って、優雅に暮らす生き方は魅力的。

とても魅力的ですけど、ウンチまみれ、オシッコまみれになって毎日ヒーヒー言いながらあなたと力を合わせてちょっとでもマシな暮らしになるように這いながら進んでいく。そういう日々も決して悪いものではないと、思うのです。

どっちにしたってあと十数年たてば、子どもたちは大人になります。いつまでもウンチとオシッコの相手をしなくてもよくなります。そのときにはお互いにやりたいようにやりましょうよ。そりゃまあ貯金は残ってないかもしれませんけど、私たちにはこの大変な日々を一緒に乗り切ったという事実が残ります。だから大丈夫、じいさんばあさんになってもやっていけます。楽しい楽しいジジババライフを一緒に送りましょう。

私、実は今の仕事を退職したらやりたいことがあるんですよ。そのことについてもぜひとも相談させてください、あ、もちろんもし興味があれば、ですけど。

私は思うのです。どれだけ報われない日々を送っていたって、この世の中での主役は私たちです。

周りがどう思おうが、しょうもない評価しか寄こしてこなかろうが、私たちは、私たちらしく、たっぷりと人生を楽しみましょうよ。ああいう生き方もあるんだな、いやむしろあんな生き方のほうが素敵じゃないか、うらやましいと、そう思わせてやりましょうよ。

あ、すみません、あなたはとっくの昔からそう思いながら毎日を暮らしていますよね、すみませんすみません。

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たぶん他にももっといろんな大変なことが毎日起きていますよね。だけど今のところ、なんとか乗り越えることができていると思います。

それもこれも、あなたが「これ(育児)は私の仕事」と言わずにちゃんと私にも親になる機会を分けてくれたからだと思います。

睡眠不足の中でミルクをあげながらウトウトする夜も、平日の昼間にオホホな奥様方の中に混じる超アウェーな学級親睦会も、全て私には大切な経験なのです。

私にとってあなたは妻であり、戦友であり、師匠です。

これからも共に学び、戦い、生きてください。

ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

敬具

あなたの夫より






著者:いぬじんid:inujin

いぬじん

犬のサラリーマン/共働き研究家。中年にビミョーにさしかかり、いろいろと人生に迷っていた頃に、はてなブログ「犬だって言いたいことがあるのだ。」を書きはじめる。言いたいことをあれこれ書いていくことで、新しい発見や素敵な出会いがあり、自分の進むべき道が見えるようになってきた。今は立派に中年を楽しんでいる。妻と共働き、小学生と保育園児の子どもがいる。コーヒーをよく、こぼす。

りっすんブログコンテスト 寄稿記事

いくつもの小さな転機が、私を「大丈夫」へと導いてくれた(寄稿:岡田育)

空っぽだった新社会人に、さまざまな趣味との出会いが「新しい世界」を見せてくれた(寄稿:もぐもぐ)

「りっすんブログコンテスト」開催中!

この記事は、「りっすん」と「はてなブログ」による特別お題キャンペーン「りっすんブログコンテスト」開催を記念し、いぬじんさんに参加していただいたエントリーです。

「りっすん」では、これまでさまざまな方の「働き方」についての寄稿やインタビュー記事を発信してきました。「りっすんブログコンテスト」では、より多くの方の「働き方」にまつわる「転機」を募集しています。

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編集/はてな編集部