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地元発見伝 はてなブログ

頼朝の足跡〜東京都世田谷区 「記憶に残る風景」 #地元発見伝

目黒区, 東京都 生まれ育った家の目の前が「下馬」で、ちょっと行ったら「上馬」で、記憶にないけど写真だけ残っている東京オリンピックの会場にもなったのが「駒沢」で、出身中学は「駒留」で、その近くにあったのが「駒繋」神社…って、世田谷区ってどんだけ馬が好きなんじゃ。と、小学生のときに疑問に思って、確か壁新聞(そんなのあったなぁ、懐かしい)を作るためにおやじのハーフカメラを持って調べて歩いたことを思い出した。今ならネットでパパッと調べられるけど、あの頃は役所や図書館や現地を回らないといけないから大変だったんだよなー。その「馬」「駒」の元になったのは、なにを隠そうって誰も隠していないけど源頼朝の愛馬なんだって。時は1189年…(昭和世代にすれば鎌倉幕府成立前、平成世代には成立後ってことになるけど実際どっちだ?)…頼朝が奥州討伐の際にウチの近所を通って、蛇崩川(じゃくずれがわ…今もあるよ)を渡ろうとしたら愛馬が何かにビックリして流されて死んじゃったらしい。そこで…

網走湖近くにある「神々しいイチョウの木」をもう一度見たい

網走市, 北海道道道248号線地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝」はてなブログで「記憶に残る風景」というお題が出ていた。何の気無しにタイトルを見たが、ふと数年前に見た素晴らしいイチョウの木を思い出した。北海道の道東でみたイチョウの木だ。■網走湖近くの普通の公園に立つイチョウ 仕事で北海道にいくことが多い。最近はほとんど札幌との行き来ばかりだが、3年前までは道東に行くことが多かった。その時に見たハッとするような素晴らしい一本のイチョウの木が記憶に強く残っている。「イチョウの葉というのはこんなに素晴らしい色になるんだ」と、思わず車を止めて見上げたことを思い出す。その時に「神々しいイチョウの木」と勝手に名付けてしまった。場所は網走市内から北見市内に向かう道の途中の、何と言うことも無い交差点の角。女満別空港からオホーツク海沿いの常呂町に向かう道と交差するこの交差点は、 民家も無く農地に囲まれた小高い丘と小さな公園がある場所。そこに立っているイチョウの木が素晴らしい色彩を放っていた。

栃木県栃木市。「記憶に残る風景」 #地元発見伝

「記憶に残る風景」 #地元発見伝栃木市, 栃木県「わぁ、桜のトンネルみたい」と幼い時の私が言ったという。幼い時の私はものすごくかわいく夢見がちで、はさがけした稲をみて「ライオンがいる、怖い」って言って大泣きして逃げたり、父の仕事の関係で家にたくさん風船があったときは、その大量の風船のひもをつかんで押入れの上の段から飛び降りたり、と、今考えるとおいおい大丈夫か、というエピソードが多いのだが、父はそんな私をそのまま、かわいがって育てた。住んでいたのが山の中であり、両親は共働きだったので、幼稚園小学校が終わった後は祖父母の家に預けられ、夜には母が運転する車で山の中に戻るという生活をしていた。その途中にあったのが冒頭に貼った、並木道。かわいい私の言葉でわかると思うが、両側に植えられた桜が頭上で交差して、まるでトンネルのようだった。もちろん春になるとピンクのトンネルになって、とてもとても綺麗で、そんなかわいいことを言ったことはもちろん覚えてないのだが、大人になってから父が「あすながこんなかわいいことを言ったんだよ」と垂れた目をさらに垂らしていうのはなんだかくすぐったく、でも私はいまもそう思っているよ、と言うことをためらわせる。

「記憶に残る風景」 #地元発見伝

「記憶に残る風景」 #地元発見伝 足立区, 東京都 ここは、私の地元。。。幼少の頃、散々遊んだ公園です。通称「タコ公園」(正式名は新西新井公園だったかな?? ^^;)。初めてこの公園に遊びに来た時の記憶は。。。恐らく3歳ぐらいの時。余りの遊具の多さにびっくりした覚えがあります。ここは遊園地?! とか思いました。当時は、沢山の危険(?)遊具が有りました(笑)回転ジャングルジム、ちょっと大きめのブランコ、やたら高い滑り台^^;キリンの形をした鉄パイプでできた高い構造物から、二本の鉄の棒が地面にかかっていて、それを両脇に入れて降りる遊具(伝わるかな?)地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝」

青森県はどんなところ?

「記憶に残る風景」 #地元発見伝どうもセブンスターです。青森市の海側中心部にはとても変な建物があるんですよ、ありそうでない単純な三角形の建物「青森物産館アスパム」ですね。青森市, 青森県アスパム通り地元の郷土品やお土産なんかが買えたり、建物上部の丸い所はレストランになっていて花火大会では絶景です。ねぶた祭りの運行ルートにもなっているのでねぶた祭りに来た際には見ておくのもいいと思いますよ。私、地元を離れてから気づいたんですよ、アスパムって変な形してんなと。どこを探してもこんな建物はないし、未だに疑問なんですが最上部の三角の中身はどうなっているんだろう?

タコの消えた公園「記憶に残る風景」 #地元発見伝

「記憶に残る風景」 #地元発見伝 はてなブログの地元発見伝企画、なかなか面白そうです。ずっと茨城に住んでいる自分は故郷の風景とか、そういったものはないんですけれど、この企画を見て思い出したのが日立市にあったタコ公園。今どうなっているのか調べてみました。祖父の家が日立市にあり、夏休みにはよく海水浴なんかで遊びにいったものです。この日立という所、海と山が隣り合っているような地形で、住宅街は割と山の方にあったりします。日立のタコ公園も山の方の住宅地にあり、海のシーズン以外はここに従兄弟たちと遊びに行っていました。さっきからタコ公園と言っていますが、もちろん正式名称ではありません。全国いろんなところにあるようなんですけど、タコのような形と色をした遊具のあった公園です。とはいうものの、この遊具があった公園は大体タコ公園と呼ばれてたんじゃないかな。

「記憶に残る風景」 #地元発見伝

探す手がかりは「北海道 帯広 清水町」住所知らない。芽室町, 北海道とりあえず鳥せいをみつける。「町行く」といってみんなでこのへんはよく来た。清水町, 北海道十勝国道この景色をみつけるまで1時間くらいさまよった。清水町, 北海道私が自転車練習中に衝突した電柱(左手前)ばあちゃん、記憶だけで帰ってこれたよ。それにしてもなんて素敵な企画なんだ!これでもう忘れない。地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝」

「記憶に残る風景」 #地元発見伝 子供の頃遊んでいた公園

「記憶に残る風景」#地元発見伝昨日ためしに桜島の記事をちょこちょこっと書いたけれど、地元発見伝なかなか面白い。普段でもブログでは自分に関する事をよく書くのだけれど、ストリートビューを見ながら改めて昔のことを振り返ってみると、視覚情報に刺激を受けてなのか、その場所であったことを次から次に思い出していく。例えばそう、子供の頃に遊んでいた場所。

本当に再発見するとは思わなかった

はてなブログさんが「記憶に残る風景」 #地元発見伝 とかいう大層面白い企画を始めましたよという話。ペロさんの記事に貼ってある画像からストリートビューに跳んでみた。すると看板に「千城台東第9公園」って書いてあるから、「うわ~第9公園だ懐かしい」とか適当なコメント書こうかとも思ったけど、9割8分5厘くらいでスベるだろうことが容易く想像できたので自重した。で、開いたgoogleマップのページで、折角だから自分の地元も覗いてみようと思ったわけですよ。生家近くにあるパンダ公園のストリートビューを開いたわけですよ。

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