テレビ番組、街頭コマーシャル、雑誌の表紙など、私たちが芸人やタレントの姿を見ない日はない。しかし、彼らのやっていることが「仕事」であり、彼らにも職と日々の暮らしがあることを意識する機会は少ないのではないだろうか。
 
岩崎う大は、『キングオブコント』2013年大会で優勝したコンビ「かもめんたる」で、主にネタ作りを担当する芸人だ。現在は「劇団かもめんたる」として演劇の公演もコンスタントに行っている。また、昨年にはギャグ漫画家として単行本『マイデリケートゾーン』を出版した。
 
「お笑いの世界は、ネタで売れるまでとそのあとが地続きじゃないんです」
 
コント・演劇・マンガと、ジャンルを超えて活動の場を広げる岩崎う大は、なぜそのような生き方を選んだのか。
 

 

岩崎う大(いわさき うだい)

1978年生まれ。サンミュージックプロダクション所属。お笑いコンビ「かもめんたる」のボケ担当。相方は槙尾(まきお)ユウスケ。2013年『キングオブコント』優勝。

 
 

「このままだと優勝するかもしれない」という不安

 
――岩崎う大さんと槙尾ユウスケさんのコンビ「かもめんたる」といえば、2013年のキングオブコント(KOC)で優勝した姿が印象に残っている人も多いと思います。優勝したときの心境はいかがでしたか?
 
 
岩崎:
不安……でした。
 
 
――不安……ですか?
 
 
岩崎:
不安でしたね……。
1本目のネタが終わって、2本目のネタをやる前くらいの段階で「このままだと優勝するかもしれない」とは思っていたんです。だから、その時点で勝算とともに不安がありました。
「もし優勝したら一旦『あがり』みたいになるけど、そのあとどうしたらいいんだろう」という不安ですね。
 
 
――テレビ出演オファーが来るなど、優勝すれば活躍の場は増えると思うのですが、どのあたりが不安だったのでしょうか。
 
 
岩崎:
僕はもともと、素の自分自身を出して笑いを取るのがすごく苦手なんです。コンビとして漫才ではなくコントを続けているのも、それが理由のひとつです。
 
漫才とコントの一番大きい違いは、自分の延長線上で笑いを取るか、別人になりきるかということだと思います。コンビを組んだばかりの頃は漫才をやってみたこともあるんですが、「はいど~も~!」って出てきたときの「今から『岩崎う大』が面白いことを言いますよ」って感じが、心情的に耐えられなくて……。じゃあ、別人になりきれるコントしかないな、と。
 
コント大会で優勝しても、バラエティ番組に呼ばれたら生身の自分として出なければいけない。そこでうまくやっていけるだろうか、という不安はありました。
 
 

コント「クレーマー」 ガスコンロの修理業者が訪問修理中、家主がとんでもないクレーマーであることに気づき戦慄する。
 
 

「コント」と「バラエティ」は地続きではない

 
――なるほど。コントで別人を演じることでウケても、優勝したら「生身の自分でウケる」という別の技能を要求されてしまうんですね。
 
 
岩崎:
だから、優勝した直後にマスコミの囲み取材を受けながらもう「まずいな」と。知らない記者たちに囲まれた状態で「日本で一番おもしろい人」としてボケないといけないなんて……恐怖でした。でも、売れるってこういうことだよな、って。
 
 
――その葛藤は、同じ芸人でもわかる人とわからない人がいそうですね。
 
 
岩崎:
バラエティ番組の世界で活躍している芸人さんは、そこの感覚が違うんですね。「人に見せられる自然な自分」をもう一つ別に持っている。そういう人は、漫才もできるしバラエティのひな壇にも馴染めると思います。
 
 
 
岩崎:
僕は自意識過剰なのもあって、それができないんですよ。人がやっているのを見てるぶんにはいいんだけど、自分が「おもしろい生身の岩崎う大」を演じていると「こいつ許せないな」という気持ちに……。
 
 
――(笑)
 
 
岩崎:
でも、この自意識は僕の質(たち)なので仕方がないと思っています。自意識過剰だから作れたネタもあるので。
 
 
――優勝後は実際にバラエティからのオファーが来ましたか?
 
 
岩崎:
出演させていただく機会はだいぶ増えました。ただ、やっぱりバラエティの場には馴染めなかったですね……。あっという間に苦手意識ができてしまいました。
 
黙ったまま「みんな僕をおもしろい人だと勘違いし続けてればいいのにな」と思ってたんですが、そこまで世間は馬鹿じゃなかったんですよ。番組を観ている人からしたら、ひな壇に座っているよく知らない若手芸人でしかないわけで。何も言わない人のことをおもしろいとは思わない。
 
 
――それはそうでしょうね。
 
 
岩崎:
ネタ番組でコントを披露できる機会があればよかったんですけど、かもめんたるがキングオブコントで優勝した2013年はネタ番組がほとんど絶滅しつつある時期でした。『レッドカーペット』とかやっていた時期なら、コントで演じたキャラがウケればそれを繰り返し披露する機会もあったんですが。キャラを演じつつお茶の間に馴染んでいけたら理想だったんですけどね。
 
今のお笑い業界って、ネタで売れるまでと売れてからが全く地続きじゃないんです。同じ「お笑い」でも、ひな壇バラエティと漫才とコントでは全然別の種目だということを実感しました。
 
 
――こうしてお話を聞いていても、岩崎さんは熟考して自分の言葉を紡ぐ方で、お笑い芸人としては異質に感じます。
 
 
岩崎:
最前線で活動してる芸人さんから見たら「何を悩んでいるの」って感じだと思うんですけどね。当時はバラエティ番組が怖くてしょうがなかった。収録のために自宅を出るじゃないですか。玄関ドアが異様に重いんですよ。だから扉に体重を預けて、重心移動で開けるっていう(笑)。
 
 
――すごいですね……。一方で、岩崎さんに「陰」の魅力があるとすれば相方の槙尾ユウスケさんは「陽」という感じで、バラエティ向きにも見えますが。
 
 
岩崎:
そうですね。でも、だとしたらもっとできろよって思いますけど……。
 
 
――厳しい(笑)
 
 
岩崎:
「僕を引っ張ってくれや」って。
 

「中間に置かれる笑い」

 
――「お笑い芸人」という職業にはずっとなりたかったんでしょうか?
 
 
岩崎:
お笑いは子どもの頃から好きで『ドリフ』『カトちゃんケンちゃん』『みなさんのおかげです』など、当時の人気番組を楽しんでました。でも「自分もなりたい」とまでは思っていなかったですね。別の世界の出来事って感じで。
 
感受性の面で影響を受けたのは、小6の頃に観た『ごっつええ感じ』です。松本人志さんの作るコントには衝撃を受けました。「中間に置かれる笑い」っていうのかな……。今までは、テレビの方からおもしろさを届けてもらって受動的に笑っていたのが、視聴者のほうから手を伸ばさないとつかめない笑いに変わったんです。
 
 
――ああ、心当たりがあります。「自分は面白いと思うけど、他の人は意味わかってるのかな?」みたいな。
 
 
岩崎:
ちょっと高尚なものを見ているような感じというか。「通じるかどうか観客を試してくるようなおもしろさがある」と気づいたのはそのときです。本格的に自分でお笑いをやってみようとなったのは大学時代なので、まだだいぶ先なんですけど。
 
 
――ちなみに当時の将来の夢は覚えていますか?
 
 
岩崎:
えーと、なんだったかな……。歯医者さんになりたいとか言ってた気がします。手先が器用だったんで、親に「歯医者になったらいいんじゃない?」って言われたのかな。
 
当時通っていた歯医者さんも悠々自適に暮らしてるように見えたから、こんな感じで暮らせたらいいなーって。外科医だったら医療ミスとかの責任重大だけど、まあ歯医者ならそんなに責任ないし……。
 
 
――責任はあります!
 
 
岩崎:
高校の3年間、僕はオーストラリアに留学していたんですが、そこでも日本のドラマやマンガは観ていました。現地でけっこう売ってたんです。タイ語のろくでなしBLUESとか。
 
その頃、大人気だった『天才たけしの元気が出るテレビ』に「高校生お笑い甲子園」というコーナーがあって、僕と同世代くらいの高校生が漫才をやっているのを見ました。「あ、こんな簡単にやれるんだ」と思って、弟と漫才をやって録音してみたんです。
 
それが、聴き返すとめちゃくちゃつまらない(笑)
 
 
――そこで初めて客観的に自分の実力を知ったんですね……。
 
 
岩崎:
でも、お笑いのネタを作るのは楽しくて、それが性質に合うことを知ったのはこのときかもしれません。その後、大学でお笑いサークルに入り、さらにNSCから芸人を目指すようになったので。
 

「劇団が向いてる」というアドバイスに素直に従った

 
――キングオブコント優勝から5年以上が経ちました。その日から現在まで、どのような経過をたどってきましたか?
 
 
岩崎:
テレビでの露出が増えて知名度は上がりました。「ひな壇」は苦手だとしても、単独ライブの集客を上げて全国規模にしていこう、と。
 
だけど、お客さんが思っていたよりも増えなかったんですよ。コントに関しては自信を持って「おもしろい」と言えるんです。2015年ごろはテレビ番組にもあまり呼ばれない状況で「ネタはどんどんおもしろくなってるはずなんだけどなあ」と悩んでいましたね。
 
そしてそのころ、同じ時期に同事務所のカンニングの竹山さんと小島よしおからそれぞれ「劇団が向いてると思う」と言われたんです。僕はネタに関してはこだわりが強くて、自分でおもしろいと思ったものを変えたくはない。でも、売り出し方のアドバイスは成功者の言うことなら全部従おうと決めていました。
 
「そんなに言うなら、劇団やってみよう」と、2015年に「劇団かもめんたる」を立ち上げました。
 
 
――劇団を始めることに関して不安はなかったですか?
 
 
岩崎:
ありました。演劇は未経験だったし「お笑いから離れていっちゃうんじゃないか」という不安もありましたね。
 
でも、実際に芝居をやってみると「コントの尺では到達できない領域に行けそうだ」と気づいたんです。コントと並行して演劇を続けていきたいと考えるようになりました。
 
2年ほど演劇を続けた頃に気づいたんですが、コントは「これでコントを極めたぞ」となっても「じゃあ次はテレビだね」って、上にテレビが乗っているんですよ。演劇はそうじゃない。演劇を極めればそれが世界の頂点なので、頑張り続ける意味があると感じます。成長している実感もあるし、やってて楽しいですね。
 

自分にしか作れない「こんがらがったもの」

 
――演劇では、コントと作り方を変えたりしているのでしょうか。
 
 
岩崎:
僕の武器はお笑いなので、演劇でも笑いは重要な要素です。でもこっちではその配分を変えたりと、新しいアプローチを模索してます。
 
僕は……「こんがらがったもの」が好きなんですよ。いろんな要素や感情が絡み合っているようなもの。コントでもそれは表現してきたんですが、演劇だとより広い感情を扱えるのがいいですね。
 
 
――確かに、コントでもぞっとするほど生々しい人間の感情が垣間見えることがあります。
 
 
岩崎:
演劇では「感動」をやってみたいです。それも「人が死んで悲しい」とか定番のやつじゃなくて、感動してから初めて「こんな形で心が動くんだ!」と知るような、こんがらがった状況から生まれる感動。お笑い要素だけだと笑って消費して終わりになりがちですけど、そういう感動の要素を挟むと、劇場を出た後もお客さんの心に何かを残せるんですよね。
 
 
――また、ここ数年はマンガ家としても活動されていますよね。ジモコロの姉妹サイトの「オモコロ」にもマンガを掲載していただいて。
 
 
岩崎:
そうですね。ただ、内容が下品すぎたのか、オモコロでの「エン魔子ちゃん」の連載は事実上打ち切りになりました……。
 
 
【漫画】エン魔子ちゃん|オモコロ 
 
 
――ええ!? いや、確かに下品でしたけど面白かったですよ……めちゃくちゃ下品でしたけど……。
 
 
岩崎:
編集長と打ち合わせしながら「もうやめましょう」の一言を僕から引き出そうとしているのがわかりました。
 
 
――再開できないか編集長にかけあってみます……。
 
 

マイデリケートゾーン (エヌ・オー・コミックス)

 
――2018年に出版された短編マンガ集の『マイデリケートゾーン』は、あまりにも内容が過激で驚きました。特に、エロ本を捨てに来た少年が×××に捕まって強制的に××を××させられた挙げ句、キンキンに凍らせた×××を××に××される話は、読みながら悲鳴を上げるほどで……。一般的な感覚でいうとかなり不快なモチーフをあえて取り上げている印象があります。
 
 
岩崎:
気まずい状況やグロいもの、下品なものとか、あくまでフィクションとしての題材にするのは好きなんです。自分でも不思議なんですが。イヤだけど、イヤだからこそ最悪な状況を知っておきたい、という心理かもしれない。
 
たとえば軽井沢に来たセレブが崖から滑り落ちてね、全身すり傷だらけになって肥溜めに落ちてうんこまみれになりながら「絶対膿んじゃう~」って言いながら溺れてたら、僕は笑っちゃうんですよ(笑)
 
 
――「傷が膿んじゃう」って変なリアリティがイヤでいいですね。
 
 
岩崎:
もちろんフィクションだから笑えるんですけど。最悪な状況での心境をちゃんとシミュレーションして、最悪な人にインタビューしてみたいんですよね。
 
それが自分の特色だと思うから、何をやるにしても「俺がやる意味」を意識しちゃうんです。
 
 

【漫画】エン魔子ちゃん|オモコロ 

 
岩崎:
「この世に解き放つならば今までなかったものを」と思って描いてたら「地獄の鬼に屁をかけられるマンガ」が出来上がって。「ひどい」と言われるんですけど……だいぶ寄せてるのよ、これでも!
 
 
――(笑)。でも、それだけ尖った感性なら「わかる人だけわかればいい」という考えになったりはしませんか?
 
 
岩崎:
ならないです。「わかる人だけわかればいい」ってスタンスは時間の無駄ですよ。
 
 
――なぜでしょうか?
 
 
岩崎:
「わかる人にだけ」をやってる余裕も時間もないんです。もっと若かったらそのスタンスの先に成功もあったかもしれないけど、もう若くないし。
 
今は、「お金」「ニーズ」「やりたいこと」のバランスを取りながら、どこかで大きな爆発を起こすためにがんばっている最中です。バラエティ番組だって出たいですよ。僕に「元気がいいリアクション上手な若者」はやれないけど、求められてるものが合うのなら。
 
 
――コント、劇団、マンガと、さまざまな分野をまたいで活躍している芸人さんはほとんどいないと思います。職種にこだわらずに活動の場を広げていったのは、自分の能力と世間のニーズが合う場所を探したらそうなったという経緯なのでしょうか。
 
 
岩崎:
そうですね。特に笑いは僕の武器だと思ってますし、ブレたくはないです。お笑い業界のレベルはすごく高くなっているのに、他のジャンルに流れたときにレベルが下がっている感じがするんですよ。大喜利的な表現だけが笑いだと思ってほしくない。
 
背後から忍び込んで関節取ってキメていくような、純度の高い笑いを他ジャンルに伝えたいという思いはありますね。
 
 
 
岩崎:
そういう意味で……笑いの伝道者ですね、僕は。
 
 
――さらりとすごくカッコいいことを言いましたね。今後はサンミュージックの所属タレントとして、どのような活動をしていく予定ですか?
 
 
岩崎:
「かもめんたる」として、コントと演劇は続けていきます。個人でやったことのないジャンルでいえば、小説を出版したいです。
 
あと、俳優業にも興味があります。もっとたくさんオファーが来ると思ってたら思ったほど声がかからなくて。僕、いい演技できると思うんですよ。僕がプロデューサーだったら連ドラのおいしい役あげるんだけどな……。
 
 
――「自分がやる意味」を常に考えているから、多様なジャンルに挑戦しながらもブレないでいられるのかもしれませんね。ありがとうございました。
 

岩崎う大 出演情報

◆劇団かもめんたる
劇団かもめんたる第7回公演「宇宙人はクラゲが嫌い」
日時:2019年5月11日(土)~19日(日)
会場:赤坂レッドシアター
料金:前売り4500円
出演:八嶋智人/長田奈麻/小椋大輔/森桃子/土屋翔/船越真美子/佐久間麻由/四柳智惟/増澤璃凜子/森田ひかり/かもめんたる
※最新情報は公式HP、または公式ツイッターでご確認ください。
 
◆ドラマ出演
真夜中ドラマ『面白南極料理人』
鈴木隊員役
テレビ大阪ほかBSテレ東にて1月から放送中